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狩り32

 「嫌や・・・嫌やぁ・・・殺して・・・生きていたくないんやぁ・・・」  猫殺しは泣き喚く。  コイツは・・・化け物として疎まれ閉じ込められる。  死ぬまで。  監視され、危険視され、憎まれ、閉じ込められる。  思わず哀れだと思ってしまったが・・・でも、コイツがしたことを考えたなら・・・。  でも、あまりにも惨めで哀れやった。   でもでもでも。  ぐるぐると考えてしまう。    惨めな生き物。  罪のない猫達を殺して楽しんでいたのだコイツは。    苦しみが楽しいと笑い、悲鳴に前を膨らまし、生きたまま茹でてて、  生きたまま手足を千切り、  生きたまま焼いた。  そうした理由は、自分よりも弱くて、自分には逆らえない生き物だからや。  胸が悪くなるような思考。  なんて惨めな生き物や。  卑劣で卑怯。  醜悪な自己保身しかなかった。  ・・・・・・まだ僕を相手にしてた時のコイツはマシやった。  少なくとも僕に傷つけられることは承知でたたかってたからな。  圧倒的にコイツのが強いし、それをコイツは知ってはいたけれど。   「嫌やぁ・・・生きたないんやぁ・・・」  猫殺しは泣き叫ぶ。  その声に猫殺しに犯されていた少年が目を開けた。  気絶してたんか、させられてたんか・・・。  僕は赤と黒を信用してないからな。  アイツらが存分に味見するために何かしてへんとは思えん。  少年は目をあけ、そぱにいるアイツの姿に怯えた。    「大丈夫や。心配いらん」  アイツは優しく言った。  それでも、少年はヨロヨロと身体を起こし、蠢く猫殺しの姿を見て、悲鳴をあげた。  自分を傷つけた猫殺しがいることが怖かったのか、    手足のない猫殺しの姿が怖かったのか。  両方やろ。  少年はアイツに怯えて折れた手で抱きついた。  いや、仕方ないけどあかん、それ。  僕は慌てて少年を抱き上げ、思い切り、兄貴に放り投げた。  「ん?」  兄貴は一応落とさんかった。  セーフ。  少年は兄貴の腕の中でさらに悲鳴をあげた。  デカい男の腕の中に放り込まれたらそらそうや。  顔はええけど性格悪いの滲み出照るし。  でも大丈夫。  大丈夫。  今は飼い主が近くにおるから、ソイツ安全やで。  「・・・お前は・・・」  アイツが呆れたように僕をみたかけど、いややもん。  お前に他人が触れるなんて許さんもん。  「嫌や・・・惨めに生きるんは・・・もう嫌や・・・」    猫殺しは嗚咽する。  「ざけんなやボケが!!」   アイツがそんな猫殺しに怒鳴った。  「お前は一度でも何かに同情したことあるんかい!!自分の惨めさは知ってても、ほかの何かや誰かに同情したことあるんかい!!」  びっくりするほどデカい声やった。  アイツはガチで怒ってた。    「お前はお前のことしか考えてこんかったんや!!お前がサレてきたことが何か知らん、酷いことなんかもしれん、でも、お前は自分のことだけしか考えんかったんや!!お前は最初から生きてへんのや。生きてへんお前が生きたない言うこと自体が間違ってるんや!!」  アイツの言葉の意味は僕にはわからんかった。  どゆこと?  「お前をオレが捕まえに来たんはな、お前が猫を殺したからや」   アイツが言った。  そうや一つ目案山子がアイツに契約を果たせと迫って、猫殺しを追うようになったんやった。     クワァン  突然音がした。  金属を慣らしたような音やった。  それは一瞬やった。    デカい一つ目に一つ脚の案山子みたいな化け物が現れた。  車を踏みつけ高架に頭が当たらないように背をまるめてしゃがんでいる。  フシギなことに、車は巨大な脚に踏みつけにされているのに凹みもしない。  まるで体重がないかのようや。  巨大な一つ目が、僕らを見下ろしていた。  「すごいな」   師匠は感心した。          「マジか」  兄貴はポカンと口を開けていた。     兄貴の腕の中の少年は悲鳴をあげて兄貴に体をすりよせた。    猫殺しは信じられないと言ったような目で一つ目案山子を見つめた。    「捕」  一つ目案山子は言った。  めちゃくちゃ響く声やった。  「今、ここは結界の中や。あちらと同じやからな。あちらのもんも現れる。・・・捕まえたで、契約の通りに」  最初の方は僕に、最後の方は一つ目案山子にアイツは言った。  「喜」  一つ目案山子は言った。  「契約は遂行した。コイツは二度と猫を殺さん」  アイツは宣言した。  「哀」  一つ目案山子が吠えた。  凄まじく響く銅鑼みたいな声やった。  ボロボロボロボロとその一つしかない目から涙が溢れだしていく。  「淋」  一つ目案山子は悲しんでいた。  悲しんでいたのだ。  猫の死を。  「猫殺しを捕まえろって理由・・・」  僕はわかった気がした。  「可哀相やったからに決まってるやろ。この人はこっちでは実体はなくなるんやけど、たまにフラフラ遊びに来てはるんや。動物や、なんかにはこの人が見えるらしくてな・・・猫と仲良うなりはったんやて・・・そして仲良くなった猫が殺されたんや」  アイツが説明してくれた。  「怒」  一つ目案山子が吼えた。  怒ってて吼えた。  その怒りは僕にもわかった。  燃やされた猫を見た時に僕が感じたものやからや。  「この人はあちらに紛れた人間も食べるし、動物だって空腹やったら食べる。ふざけ半分の結果で殺すこともある。でもな・・・いたぶるためだけに殺すのは意味が違う。それは違う。違うんや」  アイツの言葉は僕にも分かった。  「哀」   可哀相やと一つ目案山子は泣く。     ただ怒りや憎しみを発散させられるためだけに殺された猫が可哀相だと。  人間同士の中で生まれた憎しみを、人間同士の中で生まれた怒りを、無力だからという理由だけでむけられた猫が可哀相だと一つ目案山子は泣くのだ。  そのために一つ目案山子はアイツを契約をたてに動かした。  アイツにとっても契約は大切だが、彼らにとっても契約は大切だ。  アイツだけか彼らがこの世界に干渉できる手段なのだ。  その大切な手段を猫を殺すの止めさせるためだけに使ったのだ。  猫が可哀相だったから。  一つ目案山子は見たのだろう。  バラバラになった猫の死体なのか、苦しげに溺れた猫の死体なのかわからないけれど、見たのだ。  そして・・・猫に同情したのだ。  「猫が可哀相やと思うことも出来なかったお前に、同情なんか与えられるはずがないやろ!!」  アイツの声は激しかった。  「同情・・・されたこともないのに・・・出来るわけがないやろ」  猫殺しは泣きながら言った。  哀れやった。  本当に惨めな生き物やった。  「誰にも愛されたことなんかない・・・知ってるんは軽蔑と屈辱と従属だけや・・・」  猫殺しは泣く。    哀れやのに虫唾が走る。   惨めなのに、踏み潰したくなる。  なんや、この感情。  僕は苛立ちをこらえた。  「・・・お前は誰かを大事にしたんか!!誰かを愛したんか!!オレかて、誰にも愛されとらんわ!!家のために生まれさせられて、家のために育てられて。まあ、家の仕事は好きや。天職やけどな。オレかて・・・親にかて愛されてへん、誰にも愛されてへんわ!!」  アイツが怒鳴った。  「待てや!!アホ!!僕は愛してるちゅうねん!!」  僕は怒鳴る。   「お前のは肉欲やろが!!」  怒鳴り返される。  こんアホが!!  この場で犯す!!  師匠の腕が伸びて僕をがっしり掴まなかったはそうしてたと思う。  「待つんだね。ちょっと聞いておいた方がいい」    師匠はささやいた。  身動き出来へんかった。   なんで?  力だけじゃない、師匠がなんかしとる。  「・・・オレかて、愛されるんは諦めとるわ。そんなもん理由になるかい。それにそんなもん、オレらがちゃんとした親から生まれたとしても愛されたかどうかわからんやろが。・・・愛されるってのは・・・自分で出来ることやない。でもな、オレは好かれんでも、人を好きになることは諦めとらんぞ。お前は猫を虐めて殺す代わりに、猫を可愛がることだって出来たんや。お前が犯したあの子に優しくすることだって出来たんや!!」   アイツは叫んだ。  「誰にも何も与えられなくても、それでも・・・猫を殺す以外の何かはあったんや!!誰にも愛されん生き物でも出来る何かがな!!」  痛くて。   切ない。  その声は。  僕はアイツが震えながら僕に「好き」って言いに来たことを思い出した。  アイツはいつまでも、僕がアイツを好きなことを認めへん。  でもな、アイツ、いつだってどんな時だって・・・。  自分が僕が好きなことは絶対に否定せぇへんかった。  アイツは自分が嫌われ者で誰からも愛されへん思ってる。   それが当たり前やと思ってる。  でもアイツは自分が誰かを愛することからは逃げへんかったんや、ずっと。  赤や黒。  化け物達へ向けるやや過剰なまでの愛情。  知りたいという欲求への正直さ。  アイツには好きなものがあった。  それを好きでいつづけた。     そして、僕。  アイツは。  アイツは。  諦めへんで・・・諦めへんで・・・手放さなかったんや。  「愛する」ことだけは。  それは・・・勇気なのだ。  知らないからこそ。  愛されたことがないと思っているのに愛することは、それでも勇気なのだ。  震えるほどに怯えながら、アイツが僕に告白したことを知った。  「待ってやるべきだよ、弟君。誰もが君みたいに真っ直ぐに愛し愛されるわけじゃない。君の恋人は最大限に頑張っているんだから」  師匠は優しく僕に言った。  僕は黙った。  黙るしかなかった。    「・・・それにお前、お前は誰にも同情せんけどな、お前は同情されとるんやぞ」  アイツは意外なことを言い出した。              

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