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狩り33

 「なんで自分が死なないのか、なんで自分にこんな能力があるのか・・・ホンマはわかってるんやろ。気付かんようにわざとしているだけで」  アイツは猫殺しに言った。  猫は不思議そうな顔をした。  それでもわかっているはすやった。  串刺しにされても死なず、焼かれても死なず、手足を切断しても死なない。  有り得ないのだから。  「あなかりはさ」  アイツは言った。  ゴホゴホと猫殺しの白いはらがうねった。  腹からひしゃげたガリガリの腕がのびてきた。  そして、クシャクシャの干からびた顔がプールから上がるかのように腹の皮膚から顔を出しだ。  「あなかはらは」  それは言った。  猫殺しは悲鳴をあげた。    知らん・・・かったんか。  いや、気付かんようにしてたんか。  泣いていた。  殺意喰いは泣いていた。  「その人はずっとお前のために泣いてるんや。猫のためにも泣いてるけどな・・・」  アイツは言った。             殺意喰いは涙をこぼし続けていた。  「あなからひなら」  殺意喰いは泣く。  殺意喰いは宿主の殺意を喰っていきる。  アイツによれば元々は大型の肉食獣に寄生していたらしい。  獲物への殺意で生きてきた、とのことた。  大型の肉食獣が消えて、代わりに人間に寄生した。  殺意喰いは殺意を喰う。  だが、殺す行為自体を好むわけじゃないんやとアイツは言っていた。  殺意喰い自身には悪意はないのだと・・・。  だから公園のおっさんのように、殺意を漲らせてはいても、実行しない人間に寄生しているのだ。  猫殺しだって、猫を殺すまでには時間があったはすなのだ。  「その人はずっとおってくれたで。多分何度も何度もお前に話しかけてくれてたはずや。お前の脳もその人はお前と共有しているからや」   アイツは言う。  寄生と言うよりは一体化なのだ、と。     「お前がそれを無視したんは・・・それが自分の良心やとか願望やと思ったからやろう。最初に猫を殺した日、止めろ止めろと叫んでくれたやろ。聞きたくないからお前は無視した」  アイツは言った。    猫殺しは自分の中に聞こえる声を、幻聴や、良心の声だと思っていたのか。  公園のオッサンとその殺意喰いは仲良くやってるみたいやったし、本来はあんな感じなんかもしれん。  「殺意喰いは本来、この世界を呪って生きる人間のたった一人の理解者なんやぞ」  アイツはそう言った。  「お前はお前が殺した猫に同情せぇへんかったけどな、その人はお前が猫を殺す為に苦しんだ。・・・そしてな、ずっと、ずっとお前に同情し続けている。今でさえな。その人はその人だけは、お前が『可哀相や』と泣き続けているんや、お前みたいなもんのためにな!!」  アイツはヤケクソみたいに叫んだ。  ぎちぃ  ぎちぃ  猫殺しの腹から伸びたくしゃくしゃの顔は、口を開けて泣く。  膿んだように熱っぽいその黒い瞳から、涙は流れ続ける。  猫殺しは 自分の腹のそれを驚いたように見つめた。  猫殺しは本当は殺意喰いの声を聞き続けていたのだろう。  それが、自分の良心や何かからくる幻聴だと思いこんで・・・無視し続けたのだ。  カサカサの腕が伸びて、優しく猫殺しの頬を撫でた。    「あのりはさら、おゆるは」  悪意喰いは囁く。  言葉の意味はわからない。   でもそれが、悲しみに満ちたいたわりのような声なのはわかった。  「いやや・・・助けて・・・」  猫殺しは泣いた。  手足を無くし、腹から化け物をはやした少年は泣いた。  その奇怪な姿よりも、その心が歪んでいる少年は泣いた。  助けを求めていた。  何に?  誰に?    わからない。  ただ猫殺しは恐れていた。  閉じ込められ、死ぬまで生きなければならないことを。  「・・・助けて、助けて・・・助けて」  泣き叫んだ。      お前が殺した猫達にお前はそうしてやったのか?  僕はそうとしか思わない。  だけど腹から生えた化け物だけはそんな猫殺しのために泣くのだった。      優しく優しく、そのしわくちゃの手は猫殺しの頬を撫で続けた。    「あなさは、らはらひら」  優しい声で殺意喰いは言った。  振り返り、アイツを見つめながら。    「・・・」  アイツはその言葉に応えなかった。  応えられないのがわかった。  「何て?」  僕は気になって聞いた。  「殺してやれって・・・自分が生きるのを止めれば、コイツもしぬから」  アイツは困ったように言った。  「あなさは、らはらひら」  優しい声でまた殺意喰いは言った。  猫殺しをみつめながら。  猫殺しははじめて、殺意喰いの目をマトモに覗き込んだ。  「・・・殺してくれるん?・・・もう、閉じ込めへん?」  猫殺しは子供のように泣いた。    「あなさは、はらなから」  優しい声で殺意喰いは言った。  もう生きていたくない子供をあやすように。    猫殺しが死ぬためには、殺意喰いが生きることを放棄しなければならない。  殺意喰いは言っているのだ。  一緒に死んでやる、と。    「ありがとう・・・ありがとう」  愛されたことのない子供は、はじめて与えられた優しさに震えながら泣いていた。  もう生きていたくはない子供は、苦痛から解放されることに喜んでいた。  そんなもんでええんか。    僕は思った。    コイツのしたことを考えたなら、コイツは一生、閉じ込められて死を乞うべきや。  でも、殺意喰いは優しかった。  醜い化け物は、何よりも優しかった。    猫が殺される度に苦しみ、そして猫殺しの境遇にも心を痛めていたのだ。    「あんたはオレに助けてくれって言った。オレは猫とあんたのことを助けて欲しいんかと思ってた・・・違うんか。あんたはソイツも助けてくれって言うてたんやな」  アイツは呟いた。  「あなさは、こならはさ」  殺意喰いは僕とアイツに言った。  願ったことは・・・言葉はわからんくてもわかった。   僕は師匠の肩を押した。  師匠は大人しく、離れた。  僕は師匠の手から刀を奪った。    師匠は何も言わなかった。  同情やった。  そこにあるのは同情やった。  猫殺しは・・・殺意喰いをもっと早く受け入れていたら、こうならなかっただろうか。  世界を憎みながらも、あの公園のオッサンのように「一人ではない」とその身の中の友人と生きていけていただろうか。  猫殺しに同情なんか与えられない。  こんなヤツ、どんな事情があってもキモイだけや。  でも、でも、殺意喰いはコイツに同情した。  その命をやる程に。  化け物の同情は・・・猫殺しに与えられた、たった一つの愛情でさえあった。  他の誰にも与えられることのない。        

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