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それから5
「弟くん、ここだよここ」
師匠が手を振る。
デカい身体はすぐに見つかるから便利だ。
僕は結構、義理堅いので師匠の見送りに来た。
新幹線の駅や。
新幹線で帰るらしい。
アイツは久々、ガチで本気に僕が抱いたせいで、もう2日位寝込んでる。
やりすぎた。
でも、看病もさせてくれへんねん。
学校行けって怒鳴られんねん。
赤と黒に看病させてんねん。
僕がしたいのに・・・。
師匠は高級スーツに野球のバットを入れるケースを背負ってた。
明らかに不自然な野球バット入れには、日本刀が入ってる、絶対。
こんな怪しい人を取り締まれないなら、この国の平和も終わりやな、そう思った。
師匠は色んな後始末をしてくれたらしい。
僕らの元に警察が来ることもなかったし、新聞に車か燃えた駐車場の話も出ることはなかった。
ただ、高校生の少年が不良グループに倉庫で制裁され、惨殺されたみたいな話は噂にはなった。
高級マンションで息子に殺されかけた母親の話も、消えた息子の話も・・・どこにも上がることはなかった。
まるで、猫殺しなど最初からいなかったかのように。
僕はアイツに渡された封筒を師匠に渡す。
小切手が入ってるんやって。
額は知らんし、知りたくない。
怖いもん。
「兄ちゃんは?」
僕は辺りを見回して聞く。
なんでおらへんの?
「ああ・・・」
師匠が何故か口ごもる。
「そういや、あの子はどうなったん?」
僕は、猫殺しに犯されてた少年のことを思い出した。
すっかり忘れていた。
アイツは気にしてそうやから聞いとこ。
師匠はがっくりとうなだれた。
なんで?
なんで?
僕は首を傾げた。
死んだん?
でも、兄ちゃんに投げた時はそこまで重傷やなかったで・・・。
そこで気付いた。
「師匠!!あの子兄ちゃんに喰わせたんか!!」
僕は怒鳴った。
師匠は慌てて僕の口を塞ぐ。
外何を気にするより気にしないとあかんことあるやろ。
兄貴はゲスや。
ゲスなことこの上ない。
あの時兄貴は男の尻にぶち込むことに、興味を持っていた。
そこに、可愛い男の子が腕の中に。
しかも、男とのセックス経験あり。
喰うやろ。
絶対に喰うやろ。
あのゲス!!
でもレイブされたばかりの子を!!
しかも未成年!!
ホンマゲスやな!!
「いや、合意だよ、合意。一応。アイツ、レイプだけはしないから」
師匠は必死で僕を宥める。
そんなん、殺されかけて大怪我させられて動揺している人間の不安定さにつけ込んだんやろが。
僕は身内として責任とって兄貴を殺そうと心に決めた。
僕のあかんさ以上に兄貴のあかんさは最悪や。
「それに・・・アイツそれなりに責任とろうとしてるよ、今日も病院に迎えて行ってるんだ、連れて帰るらしい。だから今いないんだよ」
師匠は言う。
連れて帰る?
兄ちゃんがあの子を?
僕はきょとんとする。
「酷い身内しかいなくて、虐待され続けてたみたいでね、引き取るって」
師匠が言う言葉の意味がわからない。
兄貴が高校生男子をひきとるの?
「学校も自分ところから行かせて一緒に暮らすって」
兄貴が?
「アイツなりに本気みたいだよ。だから勘弁してやって」
師匠は僕に頼みこむように言う。
本気?
兄貴が?
僕はその2つの言葉がつながらなかった。
でも分かってることはあった。
「師匠・・・兄ちゃんが喰うの分かっとんやろ」
僕は頭を抱えた。
この人はその辺ちゃんとしとる。
「その子にいいようにする」と言った以上、師匠はそうするはずやからや。
虐待する親から引き離し、その親が取り返しにこんようにするには、頭のおかしい暴力男を番犬にするのが一番や。
兄貴とお話させられたなら、あの子の親がどんなに頭がおかしくても兄貴の言うなりになるやろ。
僕も獣やと言われるけど、アイツは悪党やで。
「ゲスとくっつけんの?酷い・・・」
僕は呻く。
アイツホンマにゲスやで。
「結構可愛いところもあるし、優しいところもあるぞ」
師匠は言った。
「知ってる」
兄弟やからな。
僕は頷く。
「それにオレとしても、可愛い弟子がいつまでも恋人もいないのは可哀想でね」
師匠はすました顔で言う。
「・・・それはアイツのゲスっぷりに最終的に女の子の方が愛想尽かしていなくなるからやろ」
僕は言う。
兄貴は顔もいい。身体もいい。堅気じゃないから金もある。なんせセックスも上手いらしい。(自称)
でも、ゲスなので女の子の方からいなくなる。
「無理」って言われて。
そやろ。
アイツ最低やもん。
それでも、別れてもなぜか嫌われないのは僕にはわからん可愛げなんやろけど。
そこで気づく。
「師匠・・・酷い。あの子を弟子のために・・・」
僕は呆れた。
あの背中を見れば、あの子が酷い環境にいたのはわかる。
あの子は最低を見てきている。
あの子から見れば、兄貴でもマトモや。
最低の価値基準しか持ちえない人間に、ゲスを押し付けやがった。
「まあ、これからオレの弟子もマトモになるかも知れないだろ。優しくする仕方も知らないくせに、頑張ってるぞ。笑えるぞ、また見に来い」
師匠は人の悪い笑顔を浮かべた。
「優しい兄ちゃんなんかキモイから見たないわ」
僕は言い切った。
もうすぐ時間だ。
師匠は新幹線の改札口に向かおうとする。
「師匠、タカアキって・・・」
僕は言いかけてやめる。
アイツが忌々しげに口にする、男の名前。
誰なのか。
気になっている。
なってはいるのだ。
「知りたいか?・・・オレもそれほどは知らないけど」
師匠は立ち止まり僕を見つめる。
その目からは何も読み取れない。
「・・・いい。アイツが教えてくれまで待つ」
僕は決めた。
待つのは辛い。
辛いけど、待つしかないこともある。
アイツの家のこと。
アイツの親のこと。
そしてタカアキ。
僕が愛していることを認めてくれるのを待つように、アイツが話さないことを話してくれることを僕は待つ。
「師匠、恋って切ないなぁ」
僕は嘆いた。
「そうなんだよな・・・でも沢山すると切ないを通り過ぎて包丁で切られるんだよな・・・」
師匠は嘆いた。
いや、あんたの節操ない当時進行の恋と一緒にせんといてくれます?
そういや、あんたも最低やったね。
僕の視線に方をすくめ師匠は笑って改札口へと歩いて行った。
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