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Ⅴ 仕事に行かないなんて言わせない③

(どうしよう) 真川さんが喋ってくれない。 (俺の答えを待っている) でも、俺…… (言えないよ) どこなら触っていいなんて。 (そこに触って下さい……と言っている事にほかならない) 「真川さん!」 腹の底から声を振り絞る。 「仕事、行って下さい」 「えっ……」 一瞬、弾かれた表情を浮かべた瞳の宵闇から目を逸らす。 「取材なんでしょ」 「そうだが。まだ時間はあるから」 「着替えだってしなくちゃいけないでしょう」 俺がコーヒーこぼしたから。 「時間の事なら心配しなくても」 「俺はっ」 再び掴まる前に。 ほんの少し……緩んだ腕の隙間を縫って、あなたから抜け出した。 「仕事中です」 追ってこようとした手から逃れるように数歩下がる。 「打ち合わせは終わりましたが勤務中です」 なに、緊張してるんだ……俺。 当たり前の事を伝えているだけじゃないか。 (なのに) 相手が真川さんだから。 (αだから) αのオーラに飲まれているのだろうか。 威圧感に。 真川さんは威圧なんかしてないけど、αには特有の存在感がある。 そこにいるだけで、目を引き、奪われる。 (萎縮は……してない) でも俺は…… (後ろめたさを……) 感じている。 どうして? (あなたに嘘をついている) どうして? (俺は、あなたに嘘をついているんだろう……) 伸ばされた手は髪を掠めた。 一瞬、俺の頭に置かれるのかな。……と思ったけど、真川さんはそうはしなかった。 「行ってくる」 肩をぽんっと手が叩いた。 さっきまで俺に触れていた大きな手…… あなたは振り返らない。

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