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Ⅴ 仕事に行かないなんて言わせない⑤
ない。
……財布じゃない。
財布よりも大事なものだ。
(あれがないと出られない)
身分証
どこに落とした?
テレビ局への重要な入館許可証だ。身分証がないと出られない。
謝って済む話ではない。紛失したら出入り禁止になってしまう。
入る時にはあった。首から下げていた。
企画の打ち合わせの時?会議室で。それとも、その前?
どこで落としたんだ?
(違う)
会議室でも、入館した時でもない。
そこではまだ落としていない。
(真川さんと……)
喋った時は首から下げていた。身分証を見て、真川さんは俺の名前を呼んだんだ。
じゃあ、このロビーのどこかに落ちている。身分証は絶対ある。
しかし……
探しても、探しても身分証は見つからない。
首に下げていないなら、ロビーに落ちている筈なのに。
(何かの拍子で紐のフックが外れたんだ)
きっと。
だから、必ずある。このロビーのどこかに。
(……それとも俺、勘違いしてる?)
無意識にしまったのだろうか。
鞄かポケットに。
「ない」
身分証はない。
スーツのポケットも。鞄をひっくり返して探すが出てこない。
(やっぱりロビーに)
だが。
どこにもない。
這いつくばって見渡すけど、きれいに磨かれた床には塵一つ落ちていない。
ある筈なのに……
落ちている筈の物が見つからない。
(会社に報告)
でも、なにを言えばいいのだろう。
(首から忽然と身分証が消えました)
……そんな報告、信じてもらえない。
とにかく。
(今、できることを)
しなければ。
探さなければ。
なんとしても。絶対にある。絶対に落ちている。
(このロビーのどこかに)
身分証はあるから。
必ず、どこかに……
「明里 君?」
不意に呼ばれた名前に背筋が跳ねた。
床に座り込んだまま、振り返った。
「なに、してるの?」
どうして、
「葛城 さん……」
あなたが。
「打ち合わせだって……」
「そうだよ。今日は顔合わせで、さっき終わったんだ」
真川さんと出会う前、葛城さんとは俺の提案の企画で打ち合わせている。
とっくに葛城さんとの打ち合わせは終わっているのに、局内に俺がいるのは不自然だ。
なにを……
(なんて言えば)
怪しまれないように、なにを言えば……
「今度は私の質問に答えくれるかな」
私は答えたよ。
次は、君の番だ。
「君は、なにをしているのかな」
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