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Ⅴ 仕事に行かないなんて言わせない⑥
なにを話せばいい。
(身分証をなくした、なんて……)
そんなこと……
言ったら、どうなるだろう。
葛城さんはプロデューサーだ。
俺が持ち込んだ企画は、葛城さんの判断に委ねられている。
俺がまだ局に留まっている訳を話せば、企画が白紙になってしまうかもしれない。
「床に座り込んで、只事じゃないね」
「いえ」
否定するが、相応の理由が見つからない。
「なにかあったのかい」
琥珀色の玲瓏が憂いの陰を帯びている。美しい瞳を曇らせている原因は俺だから……
胸が痛い。
「明里君」
「あっ」
「困った事があれば頼ってくれ」
間近に映る瞳の色に吸い込まれた。
「……そう言ったよね」
琥珀の中に引き寄せられていく。
否。
引き寄せられてるんじゃない。
(葛城さんが……)
高級なスーツが汚れるのも厭わず、ロビーの床にしゃがんでいる。
琥珀の瞳がもっと間近で見つめている。
「君は私の言うことが聞けない、悪い子なのかな」
瞳の中に俺がいる……
琥珀の中に、俺が……
「泣き出しそうな顔をして……これじゃあ、私が君を虐めているみたいだ」
不意に葛城さんの手が伸びた。
指先まで繊細で、綺麗な手だ。男の人なのに、すらりと伸ばされた手には気品さえある。
男の手に知らずと見惚れてしまう。
違うね。
私は、雄だよ……
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