44 / 217
Ⅴ 仕事に行かないなんて言わせない⑦
「明里君?」
「……えっ」
「大丈夫か?急にぼうーっとして」
「は……い」
いま、声が聞こえたような?
(俺の気のせい?)
目の前にしゃがんでいる琥珀の瞳は、憂いの色で俺を見つめている。
「心配だな」
トクトク、音が聞こえる。
これは俺の心臓の音なのか。
陰を落とした琥珀の玲瓏から抜け出せない。
「慌てているのかと思えば、急にぼうっとして。疲れているのかも知れないね」
手が伸びてきた。
指先まで繊細な手が……
この人は、一挙手一投足に至るまで何もかもが秀麗だ。
何もかも綺麗な手が近づいてくる。
動かなければ。
なのに、動けない。
じゃあ、せめて何かを言って……
この手を止めないと。
じゃなけりゃ、俺は……
「あのっ」
この後、なにを続ければいい?
なにか言ってください。葛城さん。
言ってくれたら答えられる。
言ってくれないと、言葉が続かない。間がもたない。
息もできず、呼吸も奪われる。
葛城さんも、もしかして………
( α )
「遅いよ」
ともだちにシェアしよう!