53 / 217
Ⅴ 仕事に行かないなんて言わせない⑪
『じゃあ、こうしよう』
琥珀の瞳が微笑んだ。
『私達はお昼の時間を使って企画の再確認をする。ランチ兼打ち合わせだよ』
そう。これは、葛城さんからの提案だった。
「仕事に行かないなんて言わせないよ」
退路は断たれた。
身分証を探さなければならないのだけど、葛城さんとの仕事の話となれば拒絶はできない。
取り引き先の葛城さんとの会食。
断る選択肢は俺にはない。
「いい子の君は好きだよ」
長い脚を追って、低音が耳元の髪をそっと撫でた。
「おや?顔が真っ赤だね。ここは少し暖房が効きすぎているかな」
全部あなたのせいなのに、素知らぬ顔で。
困った事にこの王子αはオーラまでキラキラで責めるに責められない。
「行こうか」
そう促されてテレビ局を出た俺達は、ランチに向かった。
(これはデートじゃない。デートじゃない)
葛城さんとの会食だ。
打ち合わせ。
仕事の話
(……俺は、なにに後ろめたさを感じているのだろう)
「ついたよ」
「は、はい」
不意に降ってきた声に、返事が上ずってしまった。
気づかれていたら恥ずかしいな。
「ここ……」
「時々来るんだ。鮭がとても大きくて、塩加減もいい。お勧めは……」
「「ぷり鮭弁当!」定食!」
「あっ」
「お勧め、もう知っていたのか」
「ごめんなさい」
せっかく紹介してくれたのに、俺が先走って言ってしまったのは失礼だよな。やっぱり……
「いや。君と好みが同じで嬉しいよ」
ふわりと微笑んだ葛城さんは王子だ。
ともだちにシェアしよう!