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Ⅴ 仕事に行かないなんて言わせない⑫
葛城さんに連れてこられたのは『銀や』。
新鮮な食材とリーズナブルなお値段♪大盛りも可!
庶民的な定食屋だ。
普通の定食も美味しいけど、プチ贅沢をしたい時は通常の倍の大きさで肉厚の……
『ぷり鮭弁当』
……を、テイクアウトするんだ。
香ばしくって塩加減が程よくて、あったかい鮭を頬張ると幸せな気持ちが胸いっぱい広がる。
「三谷 君、こっちにもお茶とおしぼり」
「はい」
「オーダーは……」
「ぷり鮭定食」
「うん」
あっ……
勢いで葛城さんより先に注文してしまった。
恥ずかしい。
「あと、いつものを頼むね」
「かしこまりましたー」
お昼の混み合う店内でてきぱき仕事をこなしていく。
弁当を買う時接客してくれた子だ。ちょっとだけ雑談もした。
忙しくても笑顔で接客してくれる。
(三谷君……っていうんだ)
「葛城さんって、ここの常連さんなんですね」
「なんで、そう思ったの」
「だって。店員さんを名前で呼んでいたから」
「あぁ、そうだね。ここへはよく来るかな。定食、美味しいし」
「少し意外です」
「そう?」
「ちょっとビックリしました」
庶民的な定食屋さんに連れてこられた事も。
俺と食の好みが被ってた事も。
「葛城さん、イタリアン食べてそう」
おしゃれでキラキラしてて、王子様オーラ全開だから。
王子様はイタリアンだ。
「じゃあ今度はイタリアンに連れてってあげよう」
「あ、そんな意味で言ったんじゃ……」
「そこは素直に頷いてほしかったな。次のデートの約束ができたし」
「デートって★」
葛城さん、仕事の会食だって言った!
「騙すのは、男の甲斐性だよ……」
えっ?
「なにか言いましたか?」
「なにも言ってないよ」
えっと。俺の気のせいか……
「イタリアンも好きだけど」
琥珀の輝きが優しく微笑んだ。
「定食も好きだよ。ここはあたたかくて、雰囲気もいいから」
「俺もそう思います」
「定食も美味しい」
「そうだ」
「ぷり鮭定食、お待たせしましたー」
思った以上に話が盛り上がって、時間があっという間にたっていたらしい。
焼き立てほかほかのぷり鮭定食を三谷君が運んできてくれた。
「俺です」
「はい。熱いので気をつけてくださいね」
湯気を出す肉厚の身がぷりぷりしてる。
美味しそう~♪
「それと……」
葛城さんの前にも定食が。
「ぼたんえび丼です」
「あれ?」
ぼたんえび……
「葛城さん、ぷり鮭定食頼まなかったんですか」
「ぼたんえびだよ」
てっきり葛城さんも、ぷり鮭定食派だと思ってたけど。
「旬なものは旬なうちに美味しく頂きたいんだ」
(……いま、葛城さんにすごく複雑な事を言われたような?)
「どうした?ぽかんとして」
ハッとして見上げる。目の前にいるのは、揺らめく琥珀の玲瓏だ。
「いえっ、なんでもないです」
「そう」
ほっとして、柔らかな笑顔を浮かべる葛城さん。
「なら良かった」
(やっぱり俺の気のせいだ)
「仕事は楽しく行おう」
そうだ。
この昼食は打ち合わせを兼ねてるんだった。葛城さんに強く頷く。
「だからね。違うものを頼んだ方がシェアして楽しめるだろ」
そういう~★
「はい、あーん」
ナアァァァァァーッ!!
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