65 / 217

Ⅶ αの瞳には騙されない③

ぷり鮭食べよう。 ぷり鮭食べて落ち着くんだ、俺。 がんばれ、俺。 ぱく。 程よい塩気が口の中に広がった。 いつもの銀やの味だ。ぷり鮭美味しい。 (ううう~) 俺は、どうしてこうもお子様なんだろう。 葛城さんはただ、取引先の俺を摂待してくれて、口許に付いたご飯を取ってくれただけなのに。 いちいち過剰に反応してしまって、恥ずかしい。 (もっと大人にならなくちゃ) 葛城さんみたいに! 「はい、お茶」 差し出されるままに湯飲みを受け取った。 「飲んで落ち着こうか」 (ううう~) バレバレだ。 平静を装う事すらままならぬ。 湯飲みのお茶を!ずずずぅーっとすする。 「それで君は……」 低音の熱い息が耳朶に吹いた。 「なぜ、私との約束を破った?」 耳たぶに触れそうなくらい、唇が近い。 「答えなさい。私が聞いている」 なんで? 俺、あなたとの約束を破っていない。 今こうしてあなたと一緒にいて、一緒にランチを食べている。 「困った子だね。約束ごと忘れてしまったのかい?」 指先が髪を絡めとる。 鼓動まで、指に絡め取られたかのようにドキドキ、ドキドキ。左胸を穿つ。 怒っているのか。 悲しんでいるのか。 それとも、いつものようにからかっているのか…… 近すぎて、葛城さんの表情が見えない。 「私は言った筈だ。『困った事があれば、いつでもおいで』……と」 指先に囚われた一筋の髪に吐息が落ちた。 「なぜ私を頼らない」 「あっ」 打ち合わせの後。 別れ際、葛城さんに言われた。 『なにか困った事があれば、いつでもおいで。私で良ければ力になるよ』 そう………… 「ようやく思い出してくれたみたいだね」 ことん。 湯飲みを置いた手に、葛城さんの手が重なった。 「今からでも私を頼ってくれるね?」 テレビ局のロビーで俺は疲労困憊(ひろうこんぱい)して…… 床に突っ伏して探していた。 (身分証を) そんな俺の姿を見ている葛城さんにランチに誘われて。 (誤魔化しがきかない) 葛城さんに見られている。 どんな言い訳も嘘だと見抜かれる。 相手はα 葛城さんだから。 (無理だ) 取り繕えない。 じゃあ、いっそ本当の事を言って…… (ダメだ) 葛城さんはテレビ局側の人だ。 (俺だけが処分を受けるだけなら、まだしも) 皆で作ってきたこの企画が俺のせいで頓挫したら。 皆に顔向けできない。 「私はそんなに頼りにならない男かな……」 「そんな事ないです!」 そんな事、ないんだ…… でも…… 「じゃあ、話してくれるね。君はロビーで何をしていたのか」 頬を大きな掌が包んだ。 逃げられない。 琥珀の眼から…… αのプレッシャーから…… 「強引な事はしたくない。君の意思を尊重したい」 そう告げる底のない瞳は、俺を離さない。 心臓が囚われている。琥珀の海、深く、深く…… 「俺は…………」 この人を信じる? それとも………… トゥルルー、トゥルルー スマホの鳴動が静寂を破った。

ともだちにシェアしよう!