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Ⅶ αの瞳には騙されない③
ぷり鮭食べよう。
ぷり鮭食べて落ち着くんだ、俺。
がんばれ、俺。
ぱく。
程よい塩気が口の中に広がった。
いつもの銀やの味だ。ぷり鮭美味しい。
(ううう~)
俺は、どうしてこうもお子様なんだろう。
葛城さんはただ、取引先の俺を摂待してくれて、口許に付いたご飯を取ってくれただけなのに。
いちいち過剰に反応してしまって、恥ずかしい。
(もっと大人にならなくちゃ)
葛城さんみたいに!
「はい、お茶」
差し出されるままに湯飲みを受け取った。
「飲んで落ち着こうか」
(ううう~)
バレバレだ。
平静を装う事すらままならぬ。
湯飲みのお茶を!ずずずぅーっとすする。
「それで君は……」
低音の熱い息が耳朶に吹いた。
「なぜ、私との約束を破った?」
耳たぶに触れそうなくらい、唇が近い。
「答えなさい。私が聞いている」
なんで?
俺、あなたとの約束を破っていない。
今こうしてあなたと一緒にいて、一緒にランチを食べている。
「困った子だね。約束ごと忘れてしまったのかい?」
指先が髪を絡めとる。
鼓動まで、指に絡め取られたかのようにドキドキ、ドキドキ。左胸を穿つ。
怒っているのか。
悲しんでいるのか。
それとも、いつものようにからかっているのか……
近すぎて、葛城さんの表情が見えない。
「私は言った筈だ。『困った事があれば、いつでもおいで』……と」
指先に囚われた一筋の髪に吐息が落ちた。
「なぜ私を頼らない」
「あっ」
打ち合わせの後。
別れ際、葛城さんに言われた。
『なにか困った事があれば、いつでもおいで。私で良ければ力になるよ』
そう…………
「ようやく思い出してくれたみたいだね」
ことん。
湯飲みを置いた手に、葛城さんの手が重なった。
「今からでも私を頼ってくれるね?」
テレビ局のロビーで俺は疲労困憊 して……
床に突っ伏して探していた。
(身分証を)
そんな俺の姿を見ている葛城さんにランチに誘われて。
(誤魔化しがきかない)
葛城さんに見られている。
どんな言い訳も嘘だと見抜かれる。
相手はα
葛城さんだから。
(無理だ)
取り繕えない。
じゃあ、いっそ本当の事を言って……
(ダメだ)
葛城さんはテレビ局側の人だ。
(俺だけが処分を受けるだけなら、まだしも)
皆で作ってきたこの企画が俺のせいで頓挫したら。
皆に顔向けできない。
「私はそんなに頼りにならない男かな……」
「そんな事ないです!」
そんな事、ないんだ……
でも……
「じゃあ、話してくれるね。君はロビーで何をしていたのか」
頬を大きな掌が包んだ。
逃げられない。
琥珀の眼から……
αのプレッシャーから……
「強引な事はしたくない。君の意思を尊重したい」
そう告げる底のない瞳は、俺を離さない。
心臓が囚われている。琥珀の海、深く、深く……
「俺は…………」
この人を信じる?
それとも…………
トゥルルー、トゥルルー
スマホの鳴動が静寂を破った。
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