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Ⅶ αの瞳には騙されない⑩

「ううぅ~」 道行く人に冷たい目を送られようとも、うめかずにはいられない。 「ぷり鮭定食の味、わからなかった……」 食べた気がしない。 ぷり鮭食べたばかりのに、お腹が空いてるのか減ってるのかも分からないよ。 とぼとぼとぼ…… 会社への帰路をひとり歩く。 (大好きなぷり鮭定食ぅう~) テイクアウトは失礼だよな。 ランチという名の上得意の取引先との会合だ。 一緒に食事を楽しみつつの会話、が…… 葛城さんに振り回されっぱなしだった。 あれが上に立つ人のオーラというものなんだろうか。 でも嫌な感じは全然しなかった。 寧ろ、それが当たり前というか…… (葛城さん。不思議な人だな) お腹は空いてるような、いっぱいなような、何ともいえない感覚だけど。 でも、なんだか楽しかった。 葛城さんの隠れた一面を垣間見たようで、クスリと笑みが漏れる。 (なんだか気分も上がってきたぞ) 足取りも軽くなった。 さあ、お昼からも仕事仕事! 「…………ん?」 なんだか大事なこと、忘れているような~ (なんだっけ?) えーと、えぇーっと…… 「身分証!!」 どうするんだァッ 明日からテレビ局に入れないぞッ いや、そういう事じゃない。 身分証をなくした事自体が大問題なんだ。 企画もきっと、とんでしまう…… (葛城さんに相談すれば良かったのかな……) 『困った事があれば力になる』……と言ってくれた。 俺がプロジェクトから外されるだけで、まだ済んだかも知れない。 身分証をなくしたテレビ局から出てしまったんだ。 探しようがない。 今からでも戻って葛城さんに謝罪しよう。 (葛城さんに電話だ) トゥルルー、トゥルルー 喧騒の中で立ち止まる。 図ったかのようなタイミングでスマホが鳴った。 ディスプレイに映し出される文字は! 「葛城さん」 スマホを握る手が一瞬、震えたけど。 (出なきゃ) 電話に出て謝ろう。 「葛城さ……」 『やぁ。君と別れたばかりなのに、君の声が聞きたくなってしまったよ』 聞きなれた声に少しだけ気持ちがほっとする。 「あのっ」 『すまないね。本気だけど、冗談だよ。今から打ち合わせでね。こちらの用件を聞いてくれるかい』

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