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Ⅶ αの瞳には騙されない⑪
『君の身分証だが』
いきなり本題だ。
葛城さんは既に知っている。
「申し訳ございません」
スマホを握ったまま、腰を90度に折り曲げた。
『なにを謝るんだい?』
「ですが」
頭を上げる事ができない。
今の俺にできる事は、とにかく謝って謝って、謝り抜く事だけだ。
『謝るのはこちらの方だよ』
穏やかな葛城さんの口調が受話口から届いた。
話が噛み合わないのは、どうして?
「あのっ」
『うっかりしていた。君に必要書類を渡すのを忘れていた』
必要書類?
『明日、私を訪ねてきてくれないか。印鑑を忘れないでくれよ』
「それは、どうして?」
皆目見当がつかない。
『婚姻届、提出しよう』
あぁ、それで印鑑が…………
………………
………………
………………
…………………………………………★★★!!
「ええええぇぇぇええーッ!!」
なんでっ
なぜっ
どうしてっ
『なぜって。婚姻を結べば、一つ屋根の下で暮らせるからね。朝も夜も、ストーカーの卑劣な手から、君を守る事ができるよ』
「あのっ、あのっ」
口がパクパク。
金魚さん状態。
『私達は許嫁だ。婚姻に進むのは自然な流れだよ』
………………恋人同士。
それも、演技の筈じゃなかったのかァッ!!
『無論、結婚という演技をするんだよ』
「でもっ。葛城さん」
『あぁ、そうそう。婚姻に伴って君の姓が葛城になるから、身分証は再発行手続きをしておくよ。明日は局の通用口で名前を名乗るだけでいいからね。話は通しておく』
局の社員に話を通す前に、俺に話を通してくれ……
『ちゃんと、葛城優斗って名乗るんだよ』
俺の名字が、横暴αによって消された……
『敵に付け入る隙を与えないために必要な手段だ。分かってくれるね』
神様、仏様。
俺、なにか前世でとてつもない重罪を犯したのでしょうか。
この仕打ちは前世の業なのでしょうか……
『それじゃあ明日、待ってるよ。葛城優斗君』
ガチャ
電話、切れた……
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