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Ⅷ 君には渡さない⑤

颯爽とそびえ立つこのビルは、明治に建てられた迎賓館だ。 かつての迎賓館をフロントとロビーに改装し、国内外のVIPをもてなす迎賓館としての役目を今も現役で続けている。 背後に控える巨大なツインタワーは、夜景を一望できる宿泊施設になっている。 日本が世界に誇る格式高き和洋折衷豪華ホテルだ。 夜に燦然と輝く光 重厚な存在感 帝都でありながら、まるで異世界。 ここは日ノ本の夜にそびえる巨城だ。 にわかには信じがたい。しかし指定の住所に間違いない。 (ここだ) こんな所にいるのか。 到着したからには行動あるのみだ。 (どうやって潜入する?) いや、そんな必要はない。この建物はホテルだ。正面から入ればいいじゃないか。堂々と。 (それとも、それこそが犯人の目論みなのか) パンパンッ 気合いを入れろ、俺。 頬っぺたを両手で叩いた。 (迷うな) ここまで来たんだ。 迷っている時間が勿体ない。行動だ。 臆病な自分は消えてしまえ。 必ずあなたを救出します。 待っててください。 「真川さん」 「呼んだか?」 ……………… ……………… ……………… 「真川さん」 「はい」 ビル風が吹いた。 スーツの裾が翻る。 黒のスプリングコートの影が、ネオンの照らすアスファルトに落ちた。 その人は立っている。 「真川さん」 あぐあぐ ぱくぱく お口が金魚さん状態。 ヘッドライトが駆け抜けた。 「相変わらず、面白い顔」 相変わらず、この人は意地悪で。 口が悪くて…… それでいて、細めた瞳は優しかった。 ヘッドライトに延びた深い影が俺を包む。 うぅん。 俺が伸ばしていた。手を。 真川さんに近づきたくって。 もっと、もっと…… あなたを確かめたくて。あなたに触れたくて。 目の前に立っているのが、本物の真川さんだと…… 確かめたくて。 真川さん、真川さん、真川さん! 走り出した俺を追うように、俺の口が何度もあなたの名前を呼ぶ。 真川さん、真川さん、真川さん! 無我夢中で駆けて足がもつれた俺を、ぽふっとスプリングコートの黒い影が包んだ。 「ここ」 つんつん…… 「眉間に皺が寄って、面白い顔」 あなたのコートの中で、あなたの名前を呼び続けて泣きじゃくる俺を、あなたの香りが包む。 「どうした?俺に会いたくなったのか」 少し早い春の香りが空から降ってきた。 大きくてあたたかな掌が、何度も俺を撫でてくれる。 会いたかったです。ほんとうに…… 伝えたいのに。泣き虫な俺は、声が出なくてごめんなさい。

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