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Ⅷ 君には渡さない⑮
「手を貸してくれますか」
「はい!」
慌てて上からどいて、床に倒れているその人を引っ張り起こした。
「怪我、しませんでしか」
起き上がったその人は、自分よりも俺の心配をしてくれた。
「大丈夫です。それよりも……」
何をどう考えたって。
(俺の方が加害者だ)
人を下敷きにして乗ってたんだから。
立ち上がるとその人は、ポンポンっと膝の埃を払っている。
「あぁ、すみません。君を助けようとしたのだけど、かっこよくなくて。逆に心配かけちゃいましたね」
「そんなことっ。あの、いえ。ありがとうございます」
「どういたしまして」
なんか調子狂う。
でも、いい人だ。
「良かったです。私がお役に立てて。会場には気の立ってる人もみえますから気をつけてくださいね」
「はい」
さっきも同じ事を注意された。
「すみません。あ、スーツ」
盛大に床に突っ伏したんだ。おまけに俺の下敷きになって。
汚してしまったんじゃないだろうか。
皺になってないだろうか。
「気にしないでください。私がドジっ子で、こけてしまったんです」
穏やかに微笑んで襟とネクタイを正す。
スーツはかなりの上質だ。それをさらりと着こなす彼は堂に入っている。
気品があって、やっぱりαなんだろうな。
彼だけじゃなく、この会場のほとんどがきっとαだ。
この大勢の群衆が皆αで……
(Ωは俺だけ)
気後れしてしまう。
「おや」
伸びてきた手が、ふわりと俺の手を取った。
「ここ、少し擦り剥いていますね」
「あ……」
自分でも気づかなかった。左手の甲が少し赤くなっている。
「申し訳ない事をいたしました。怪我させてしまいましたね」
「そんなっ」
今、転びそうになって作ってしまった傷なのか。
ここに来るまで、必死に走ったから。
(とにかく真川さんが心配で)
何も目に入らなかった。記憶が飛んでしまうくらい。
走っている時、何かに当たった傷なのかも知れない。
どちらにしろ、こんな傷、大した事ない。
血は出てないし、言われてみて、少し手の甲に違和感がある程度だ。
「大丈夫です。全然痛くありませんから」
「いえ。私の責任です。私が飛び出さなかったら、君に怪我を負わせてしまう事もなかったかも知れない」
「助けて頂かなければ、もっとひどい怪我してました。俺!」
「そうですか。では、責任は半々という事で」
ふわり
手の甲に、優しい肌触りが掛かった。
「これ、使ってください」
スカイブルーの爽やかな色合いのハンカチだ。
「こういう怪我は後から痛みが起きる場合があります。その時は、医務室で治療しましょう」
「ありがとうございます」
この人の穏やかな声音と同じ、柔らかな肌触りのハンカチで、そっと俺は左手の甲を押さえた。
「少しでも、痛み出したら私に言ってください」
はい。……返事をしようとした瞬間。
「うわッ」
突然、後頭部を押さえ付けられた。
有無を言わさぬ力で俺の体は90度、腰から折れてお辞儀している。
「申し訳ございません。勧修寺 先生」
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