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Ⅷ 君には渡さない⑯

頭上に落ちた声が…… 『勧修寺先生』……と言った。 (この人、議員の先生だ!) ほわほわした柔らかな雰囲気は、俺の考えるお偉い議員の先生とは違っていて、てっきり秘書の人だと思い込んでいた。 「優斗」 小声で耳打ちされて、ハッとする。 (真川さんの声) フォローに駆けつけて来てくれたんだ。 「申し訳ございません!」 俺もお辞儀90度。真川さんの後に続いて、ありったけの謝罪の言葉を紡いだ。 勧修寺先生の黒い革靴を見つめて陳謝する。 「頭を上げてください。真川さん」 穏やかな声が、緊迫した空気にほわりと漂った。 (二人は面識があるんだ) 「彼は悪くありませんよ」 チラリと見やると、勧修寺先生が微笑んでいる。 「転んだのは、私がドジっ子だからです。ね?」 目配せされても~★ 俺、なんて答えればいいんだ。 「お戯れを」 極めて神妙な面持ちで、しかし穏やかな声がそよいだ。 そうか…… この場合の返しは『お戯れを』か。 (よし) 覚えたぞ。 さすが真川さんだ。全く動じない。 「彼は、君のお知り合いだったんですね」 「えぇ。ほら、君も顔を上げて」 「はいっ」 唐突に振られて声が裏返ってしまった。 「私の助手『明里優斗』です」 真川さんに脇腹を小突かれる。 「ただ今ご紹介に預かりました、明里優斗です。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」 「フフ。君、面白いね」 「面白い顔でしょう」 つん。 真川さんが左の頬っぺたを指で突っついた。 「ほんとだ、面白い」 つん。 勧修寺先生が右の頬っぺたを突っつく。 「顔が真っ赤。可愛くて面白いね♪」 (褒められている気が全然しない~♠) つん。 「君は、真川先生に憧れているの?」 つん。 「ご冗談を。私は『先生』ではありませんよ」 つん。 「『ご冗談を』は私の台詞だよ。立候補すれば当選確実。与野党からのお誘いが来てるんだろう」 つん。 「まさか。私如きが器ではありませんよ」 つん。 「それこそ『ご謙遜』だね」 つん。 (この二人) どうして、俺を挟んで会話するんだ~★ 右から、つん。 左から、つん。 つんつん、ぷにぷに。 「可愛い。真っ赤だね」 勧修寺先生~~ 「面白い顔でしょう」 真川さん(怒) 「君が助手を取るなんて珍しいね。明里君はジャーナリストの卵なのかな」 (そうだ!) 俺は助手として、ここに来てるんだから、助手らしい発言をしなきゃ。 ……えっと。 (『真川先生のようなジャーナリストになりたくて、日々先生に教えを請うています』) よし、完璧なアンサー。 「さなが……」 「いえ。彼は私の許嫁です」 ……………… ……………… ……………… ヱヱヱヱェェェヱヱェーーーッ!! 「さながッ……」 つん★★★!! 「んがッ」 つん。がァァァァ~~♠♠♠!! 痛い。怪力だ。剛力だ! 頬をこれ以上ない力で推す、剛力つん。……のせいで、俺は声すら発せない。 剛力つん。により、俺の抵抗は完全に封じられた。 「生涯を添い遂げる彼には私の仕事を一番傍で見てほしくて、助手になってもらっています」

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