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Ⅷ 君には渡さない⑰
真川尋がバグを起こした。
この男、政治ジャーナリスト・真川尋の顔で、何を爽やかにとんでもない虚偽をのたまうんだァァァーッ★!!
違う。
事実無根だ。
早く、さっさと訂正しなければ。
真っ黒い虚偽を、真っ白な真実に。
「かじゅ……」
うぅ、ダメだ。剛力つんが剛力つん過ぎる。この指は声帯の経絡 を捕らえている。
グリグリ
うぅ、真川の無言の圧力だ。絶対喋るなの絶対王政だ。俺のほっぺが、神の人差し指で取り仕切られている。
俺は非力な下層民だ。
「見せつけないでください。イチャイチャお熱いですね」
(勧修寺先生~)
あなたの目はお腐りですか。
何をほんわか笑顔で、鬼畜な事を。
この状況のどこがイチャイチャなんですか~ッ
「明里君も素敵な旦那さんを見つけましたね」
ウギャアァァァァ~~!!
違います。
この人は赤の他人。
だって真川尋の発言は、真っ赤な嘘なんだからァァッ
ううぅ~。真っ黒な虚偽に真っ赤な嘘も加わって、最早、何色か分からない~
「明里君?恥ずかしがってるんですか?」
いえ。勧修寺先生。言葉を失っているんです。
俺の思考は、ショックのあまり真っ白です……
つん。
「………」
つんつん。
つん。しないでください。勧修寺先生に構っている余裕はありません。
「きゃっ」
想定外の力に引き寄せられる。
「私のものなので」
受け身も取れず、さっきまでつんつんされていた俺の頬っぺたは厚い胸板の上だ。
逞しい腕の中に包まれて、どうしよう。
真川さんは、出任せを言ってるだけで。
その場しのぎの偽装婚約者で。
俺達は、赤の他人同士なのに……
分かってるのに。
そんなこと。
(なのに……)
ドキドキ、心臓の鼓動が止まらない。
「これは失敬。他人 のものに、ついちょっかいを出したくなる性分なもので」
「ダメですよ。例え先生でも」
不意に繊細な指先が、俺の髪を掻き分けた。
「優斗……ここ、赤くなってる」
ふわり
人差し指の腹が撫でた。
ここ。
さっき、あなたが剛力つん。したところ★
「痛いの痛いの、飛んでけー」
………………チュッ♥
さささ!
真川さんの唇が、俺のほっぺにチュウ!!!
おおお!
(俺の~~~)
「おやおや。認めたくないものですね。若さゆえの過ちというものですよ。真川尋ともあろう者が公衆の面前で」
見られない。
穏やかに微笑む気配を感じるけれど、これは明らかに失笑だ。
勧修寺先生の顔も。
「お戯れを。先生と私は同年代ですよ」
『お戯れを』の使い方、間違っている。
何を勝ち誇っている?真川尋!
あなたの顔も見られない。
プシュウゥゥゥー
脳天から湯気が噴き出した。
神様、仏様!
おおお!
(俺の~~~)
「はいはい。お邪魔虫は退散しますよ。末永くお幸せに、バカップルさん」
神様、仏様!
初めてだったんです。
(なのにっ)
こんな珍妙なのってありですか。
事故ですか。事件ですか。
神様、仏様!
返してください。
(俺の~~~)
ファーストキスは奪われた……
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