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Ⅸ 君には渡さないpartⅡ ⑦
「お前のような者がなぜ、ここに入ってこられた?」
俺の腕を戒めるのは、先程まで壇上にいた司会者だ。
ガタンッ
椅子が倒れる音が後ろで響いた。
席から引き摺り下ろされ、値踏みするような目で俺を見下す。
「手荒な真似はやめて頂きたい。彼は私の連れです」
この声……
(真川さん)
朦朧とする意識の中で、あなたの声が聞こえた。
割って入った真川さんの胸に、俺の体が転がり込む。
「失礼。貴殿のΩでしたか」
眼鏡の奥、硬質な玲瓏を男はすがめた。
「Ωの持ち込みはご遠慮頂きたい」
(持ち込み……って)
これが今の日本。この国の現状だ。
Ωは物やペットと同類。人権なんてない。
俺がまともに働けるのは、会社や周りの皆が優しいから。
だから俺は、失態をおかすわけにはいかない。皆の優しさに応えたいから。
言い返したいよ。
俺の周りの皆は、Ωを物やペットのように思っていない。
黙っていたら、この男の考えに屈した事になる。俺に皆が注いでくれた優しい気持ちを、無駄にしてしまう。
言い返したい。
だけど……言い返したら。
あなたの立場が悪くなってしまう。
「Ωは関係ありません」
(真川さん……)
すがるような目であなたを仰ぎ見た。
(Ωの俺を庇ったら、あなたの立場はッ!)
「彼は私の助手です」
もう、十分です。
これ以上こんな奴のために、あなたの立場を悪くしないでください。
俺はいちゃいけない。
ここに、いてはいけないんだ。
汗ばんだ手で、スーツの袖をそっと引いた。
『……帰ります』
小さく、声にならない口の形だけで。
あなたに伝えた。
袖を握った手を体温が包む。
『君だけを帰すわけにはいかない』
『私も帰る』
声は静かな怒りをはらんだ宵闇で、俺だけに吹いた。
真川さんに促された俺は踵を返す。
これで良かったんですか。
真川さん……
ごめんなさい。
ありがとう。
どちらの言葉で伝えればいいんだろう。
あなたは、どちらなら受け入れてくれるんだろう。
あなたの目に迷いはない。
綺麗な宵闇だと思った。
どうして、もっと早く気づかなかったのだろう。
ちがう。
気づいていた。
ずっと前から。
気づかない振りをして、俺は甘えていた。
あなたに、ずっと……
(あなたの目を見て確信しました)
あなたは俺に付き合っていてはいけない人だ……
「真川さんは残ってください」
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