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Ⅸ 君には渡さないpartⅡ ⑧

どうして、あなたがそんな…… (悲しい目をするんですか) これが俺にできる精いっぱいなのに。 これじゃあ、俺があなたを裏切ったみたい。 俺は、あなたを裏切りたくないのに。 (裏切りたくないから、こうしているのに……) さながわさ…… 「優斗!」 声は誰よりも強く響いた。 怒りを殺して。それでも滲み出す憤りが声の淵を震わせている。 「君は……」 ザッ 声は靴音に掻き消される。 俺達の行く手を警備員が取り囲んだのは、その時だ。 「何の真似だ」 ドアの前にも警備員が立ち塞がる。 会場の唯一の出入り口は抑えられた。進む事も戻る事もできない。 「大変、失礼いたしました。あなたは『guest』だったのですね」 豹変した態度に背筋が凍った。 慇懃無礼なまでの司会者の言葉の裏に、ゾワリと寒気が走った。真っ黒な得体の知れない何かを本能がかぎ取る。 (ここは危険だ) けれど、どこに逃げればいい。 警備の屈強な男達に取り囲まれて、まるで監獄の中にいるみたいだ。 (司会者は俺を『guest』と呼んだ) なんの意味があるのだろう。 「発情Ωでも歓迎しますよ」 俺が発情している? 「気づいてないのか?君、フェロモンを垂れ流している。発情期初期の兆候だ」 真川さんが耳打ちした。 穿つような心臓の拍動も、熱を帯びて全身が痺れるようにだるいのも…… (発情期のせい) Ωは三ヶ月に一度、交尾を誘発するフェロモンを大量に放出する。αやβの精子を受け入れて受精するために。 「でも!」 俺は発情しない。 「抑制剤でっ」 毎日飲んで、発情を抑えている。発情期のフェロモンを撒き散らしたら仕事に差し支える。 抑制剤の効果で、俺にはまだ一度も発情期が訪れていない。 「だが、現に君は発情している」 αの真川さんには分かるんだ。Ωのフェロモンをあなたの本能が感じている。 「苦しいだろう」 「大丈夫…です」 堪えなければ。こんな所で、これ以上、発情するわけにはいかない。 (なんで、こんな事になったんだ……) 稀少種αが一堂に集結するこの場所で、Ωの本能が目覚めてしまったのか。 経験した事ない大勢のαだ。 抑制されていた本能が、αをきっかけに目覚めても不思議はない。 「大丈夫…ですから」 ポケットの中、常備している抑制剤がある。 スーツに着替えた時、薬も忘れずにポケットに入れた。 これを飲めば、少しは…… (ない!) 抑制剤が。 確かに、スーツのポケットに移し替えた筈。 「勝手な事をされては困りますよ」 薬のカプセルを司会者の男が持っている。 ポケットにある筈の俺の抑制剤だ。 「失礼。どこの馬の骨とも知れぬΩですからね。身体検査をさせて頂きましたよ」

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