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Ⅸ君には渡さないpartⅡ ⑩
体が熱い。
胸がドキドキして、痺れていく。
理性が溶けて、本能に飲み込まれる。
(嫌だ)
そんな場所を人目に晒して、触りたくない。
でも。
(俺の体)
熱がおさまらない。
それをするしか、熱のおさめ方が分からない。
真川さんだって見ている。そんなの……
(したくないのに)
「君達、なにを突っ立ってるんだ。Ωが体をまさぐろうとしているぞ。まだ薬を隠し持っているかも知れない」
壇上に戻った司会者が警備員達に命じる。
「体の隅々までくまなく探れ。服を脱がせても構わん。むしろ脱ぎたがっているしな」
嫌だ。
恐怖で声が凍る。
男達が迫る。
足音が、腕が、手が。
見知らぬ男達に触られたくない。
逃げ場のない会場で、逃げ道を探そうと起き上がるが、足がもつれて転んだ。
体が言う事をきかない。
ハァハァ、ハァハァ
息ばかりが上がる。
鼓動が苦しい。
身を強張らせて、腕で体を包んだ。
ここにいては危険だ。
分かってる。
でも逃げ場がないんだ。αばかりの会場に味方はいない。
命じられた男達の足音が近づいてくる。
「身体検査の時間だ」
怖い!
グァシンッ
頭の上で猛々しい風圧が吹いた。
けたたましい怒号を上げて椅子が倒れる。
(なにが?)
視界の先で警備服を着た男が伸びている。
「忘れていた……」
冷たい声がそよいだ。
「君は私のものだから、触れるのに君の許可は要らない」
「わっ」
大きな手が俺の腕を掴んで立たせるのと同時に。
鈍い音がけたたましく響いた。
悲鳴すら上げる間もなく、警備員が倒れる。
華麗なまわし蹴りが見事、炸裂した。
(真川さん、脚長い)
って★
なに感心してるんだ、俺!
「彼は私のものだ。許可なく触らないで頂こう」
肘打ちからの裏拳。
右腕と蹴りだけで巨漢の男達をのしていく。
「まだ続けるかね?」
宵闇に宿る火は煽っているとしか思えない。まるでアクション映画だ。俺には指先一つ届かず、触れさせず、男達が次々に床に転がっていく。
「走れるか」
小声で真川が耳打ちした。
小さく俺が頷く。
強行突破だ。
警備の男達が真川さんに恐れを抱いている。迂闊に手を出しては来ないだろう。やるなら、このタイミングしかない。
真川さんに腕を引っ張られて、全力で走る。体は辛いけど、絶対に止まれない。無理矢理、足を上げる。
動け。もっと速く。
走れ。
走り続けろ。
ドアまで、あと少し。
あんなにも遠かったドアが目前だ。
止まったら捕まる
あともう少しだから。
このまま、逃げ切れば……
「真川さんッ!」
気配に気づけたのは、ほとんど奇跡だ。
ヒュッと空気を割いて、何かが飛ぶ。
とっさに手をほどいて避けた。
小さな音を立てて、床にそれが転がった。
(万年筆)
よけなければ、鋭いペン先が刺さって怪我をしていたかも知れない。
良かった。
真川さんが無事で。
「そこまでだ」
壇上から怒号が飛んだ。
判断に誤りはない。しかしペンをよけたがために、会場の出口は警備員達に抑えられてしまった。
「退出は自由ですが、そのΩは置いていってくださいね」
(違う)
ペンを投げたのは、司会の男じゃない。
ペンはもっと左側から飛んできた。
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