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Ⅸ君には渡さないpartⅡ ⑱
あなたの声は不思議だ。
透き通って、心の奥まで届くんだ。
凛として。
心の底を照らしてくれる。
あなたの声は、沈んだ心の底にいて一人ぼっちの俺に手を差し伸べてくれる。
(以前にも、こんなこと?)
懐かしい気持ちが溢れてくるのは、どうしてだろう。
思い出したいのに、思い出せない。俺の記憶の中に住んでいる誰かに、あなたは似ている。
ハァハァハァハァ
理性が本能に侵食される。
ハァハアハアハァ
理性に限界が迫る。
「詭弁 ですよ」
声の闇が俺を暗く染めていく。
「真川さん、あなたの主張は受け入れられるものではない」
「詭弁を語ったつもりはありません。しかしながら、現実からは程遠い理想論である事も否めません」
しかし。
「理想を失った政治は、権力者の傀儡 です」
声はどこまでも追いかけてきて、俺の心の奥底まで降りて来て、俺に輝きを差し伸べてくれるんだ。
「ジャーナリストという生き物は、どれだけ我々政治家を愚弄 すれば気が済むんでしようね」
批難をぶつける言葉から苛立ちを押さえられない。
「賢明な政治家ならば言葉の真意が見える筈です」
「真川さん。あなたにはジャーナリストである以前に、αとしての自覚が欠けているようだ。こんな舌戦は無意味です」
「嘆かわしいですね」
「あなたの論評など必要ありません」
男が手を上げると同時に、黒服達が間合いを詰める。
「手荒な真似はしたくありません。これが最終警告です」
「あなたは綾瀬 先生の第一秘書でしたね。見たところ、この会合に綾瀬先生はいらっしゃらないようだ。あなたがここにいるのは、綾瀬先生の指示ですか。それとも無断での出席ですか」
「関係ないでしょう」
「この件は綾瀬先生に報告させて頂きます」
「あなたもくどいですね。何の悪あがきですか」
「私の婚約者であるΩは発情している。これを放置し、病院に送る義務を怠った。Ωの医療を受ける権利を阻害する行為です。政治家及び政治に携わる人間ならば遵守すべき、公職法立案第26条3項に抵触します」
「法の解釈は如何様にもなる。そんな事を報告してどうするんです」
「綾瀬先生は高潔な方です。あなたが火消しに走るとするならば、綾瀬先生を頼るのではなく、この会合のバックにいる大物政治家ではないですか。あなたと大物政治家との繋がりが露見した時、綾瀬先生は何をお考えになられるでしょう」
「その口を今すぐ閉じなさい」
「綾瀬先生に無断で会合に出席し取り仕切るのは、大物政治家との強力なパイプを繋いで、綾瀬先生の地盤を崩すためですか」
グラリ
男の拳が震えた。
「秘書のあなたが綾瀬先生を突き落として、将来、綾瀬先生の後継者を偽り立候補する下準備ですか」
フッ……と口角が揺れた。
「下衆 いですね」
「真川ァァァアーッ!!」
憤怒の叫びが轟く。
「どけ!お前達ッ。真川!今すぐ、お前を引き摺り出してやる」
黒服達を押し退け、男が真川さんに掴み掛かった。
しかし。
「邪魔だ」
その手を掴み返して、足払いを食らわせた。
一瞬の出来事だった。
声を上げる間さえも与えず。
ドンッ
……と鈍い音が盛大に響き、仰向け様に男が倒れた。
「失せろ」
みぞおちに一発。
真川さんの拳が落ちた。
「お前の言う通りだ。お前如きに舌戦は無意味だ」
宵闇の視線が静謐に降る。
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