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Ⅹ君には渡さないpartⅢ ①
男が……伸びている……
あらぬ方向から飛んできたモップが頭に直撃し、上半身裸で床の上、完全に伸びている。
元凶は、あの人。
「勧修寺先生がモップを投げた!」
「投げたなんて、誤解ですよ。手が滑ってしまったんです」
どうやったらモップが空中をひとりで滑空し、人の頭に命中するんだ!?
絶対わざとだ……
この人、笑顔で人の頭を的にした……
「まさか私を疑ってるんじゃありませんよね?」
「そんなことは〜」
凶器の笑顔を前にして「あります」なんて言えない。
(勧修寺先生はモップで俺達を守ってくれたんだ)
経緯はどうあれ、お礼言わなきゃ。
「明里君」
ハッと覚める声が鼓膜に差し込んだ。
勧修寺先生が囲まれている。
麻川 さんを、よくも麻川さんを……と、勧修寺先生を前にして口々に罵っているのは黒服達だ。
床の上で伸びているのが「麻川」で、黒服達は麻川の部下という関係か。
「Ωフェロモンの密集したこの部屋で、発情を怒りで辛うじて抑えている……といったところですか。
高濃度のΩフェロモンを吸入して、まだ理性を保っていられるのは、能力の高いαか……もしくはβ」
スゥっと、深い夜を灯した目を細めた。
「君達からはαの気配がしない」
深淵の火が瞳に揺れた。
「βですか」
「だったら何だ!」
「失敬。ただの確認です」
「邪魔な、αめ」
「口のきき方に気をつけろ。麻川さんは」
「黙れ、β!」
空気が凍った。
「口のきき方に気をつけなさい。聞いてない事を喋るな。同じ空気を吸うのも汚らわしい」
(勧修寺先生?)
柔らかな声……なのに。心臓に突き刺さる。
室温がみるみる低下していく。
「見下げた忠誠心ですね。麻川からおこぼれの甘い汁をすすってたんでしょ。βさん。君達の行為は公職法立案第21条9項に抵触します」
「な、何を根拠に」
「根拠?必要ならばお見せしましょう」
勧修寺先生の右手がスーツのポケットに入った。
(何を出すんだろう)
勧修寺先生は何かを隠し持っている。
ポケットに手を突っ込んだまま、黒服の一人へ向かって歩を進めた。
距離を詰める。
ドクリ
……と心臓の鳴く声と。
ゴクリ
……喉が鳴る音が同時に聞こえた。
「βさん、あなたはもう少し勉強した方があい」
氷の微笑を夜の闇を灯す瞳に浮かべた。
「公職法立案第21条は8項まで。9項は存在しません」
ガッ
ポケットから飛び出した右手が、男の頭を鷲掴み、押し倒した。
鈍い悲鳴を上げて、男が仰向けざまに倒れた。
「あ。握手をしようとしたら、手が滑ってしまいました」
夜の闇が揺らめいた。
「ドジっ子ですいません」
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