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Ⅹ君には渡さないpartⅢ ④
ヒっと男が息をすすった。
「許してくれッ、あなたには逆らわない」
「私は塵芥 かと聞いたのです。……質問すら理解できないのか」
夜の闇の双眼が降りる。
「お、俺はッ……俺はァッ」
男は尋常ならざぬ汗をかいている。
「ゴ……」
ウッ
「この国に塵芥は要らない。二度と政治を志すな」
男のみぞおちをモップの柄がえぐった。
前のめりに腰を折って、まるで人形のように影が揺らめいた、次の瞬間、モップが男の側頭部に迫る。
「先生ッ!」
その人はもう気を失っている。
ダメだ。
殴っては。
「あなたは何に怒ってるんですか」
「君……」
とっさに俺は叫んでいた。
先生が怖い。
けれど恐怖に震えたら負けだ。誰かが傷つくのを見たくない。黒服のβが救いようのない奴らであっても。
怪我を負う姿を黙って見過ごせない。
(先生が怖いけど)
誰かが止めなければ。
β達は悪い奴だけど、怯えて戦意喪失している。これ以上はやり過ぎだ。俺が止めなくては。元々は俺が発端なんだから。
これが先生の言うαとβの戦争なら、決着は着いた。
「お願いです。矛をおさめてください。αとβの戦争なら、この戦争を終わらせられるのは先生です」
「戦争の終わらせ方には二種類あります。一つは優位な条件で和平条約を締結する事。もう一つは無条件降伏を敵に勧告し、受諾させる事です」
「相手に戦意はありません。無条件降伏を受け入れています」
「しかしながら、織田信長然り……伊達政宗然り……」
古来の戦術には……
「戦意喪失の敵に対し徹底交戦を行い、相手を根絶やしにするまで戦を行う『殲滅』という戦争もありましてね」
右手に握るモップが頭上高くから振り下ろされる。
「先生!」
ヒュン
モップが降り落ちる。勢いを上げ、スピードを増して。
βへ……
「君が目を逸らした一瞬で、倒れていたのは私かも知れない」
モップが落とされたのは床で失神しているβではない。
俺の真後ろ……
「君かも知れない」
先生の手を離れたモップが、背後の黒服に命中した。
モップの洗礼を頭に受けた男が壁に激突して卒倒する。
「窮鼠は猫を噛むんです」
(俺が狙われていた……)
「もっとも彼らは窮鼠にもならない塵芥ですが。勝ち目がないと見て取るや、君を人質にして形勢逆転を図るつもりだったのでしょう。下衆 の考えそうな事です」
能面のような抑揚なき眼光が、床に這う残りのβに降りる。
「君達の作戦は一定の成果は達成しました。今の私は丸腰です。束になってかかってきたら、倒せるかも知れませんよ」
男達はもう動けない。
一歩、また一歩、勧修寺先生がゆっくり進む都度、その歩みの邪魔にならないように後退る。
αへの無条件降伏だ。
「鼠にもなり得ない。例え鼠になったところで、私に届きはしませんが」
私は、猫ではなく……
君達を高みから見下ろす……
「鷹です」
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