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Ⅹ君には渡さないpartⅢ ⑤
夜の闇の瞳の奥、猛禽類の獰猛な光が宿る。
鷹目石のように、光がギラリと燃える。
「やれやれ。どうも私は片付けが苦手らしい」
腰を折り曲げてモップを拾い上げた。
「掃除するつもりが塵芥を散らかしてしまいました」
柔和な微笑みの仮面の下で、鷹目石の双眼は研磨された闇の色彩を揺らめかせる。
「勧修寺先生!」
「おっと。急に大声を出して。私の心臓が飛び出しちゃいますよ」
「あのっ、ありがとうございます」
モップを肩に担いだ先生を前に、ペコリと頭を下げた。
「君のためにした事じゃないのは、分かってるでしょう。ただの掃除ですよ」
「それでも。結果として先生に助けて頂きました。だから、ありがとうございます。それと……」
「どうしましたか。この際です。言いたい事があるなら、構いません。言って下さい」
一瞬、躊躇した俺だが勧修寺先生が促されて、一旦は飲み込んだ言葉を頭を下げたまま伝える。
「β達を助けてくださって、ありがとうございます」
「君が礼を言う事ではないと思いますが?」
「そうですけれど……先生は戦争を止めてくださいましたから」
「止めた……ですか。そうかも知れませんし、そうでないかも知れませんよ」
モップの柄の先が、俺の顎をしゃくった。
「単に標的が変わっただけなのかも……」
柄の先で顎を持ち上げられて、先生と対峙する。
鋭利な夜がひらめくイーグルアイが俺を射貫く。
「政治はね、弱きものを守るための舞台じゃない。強きものが、更なる強さを顕示するための闘争の舞台です」
鼓動すら、夜のイーグルアイは凍てつかせる。
「私の舞台を汚すものは、容赦なく排除します」
フッと空気が揺れた。
「君は弱いから狙われた。弱いから彼らに捕まった。なのに、自分の弱さを自覚せず私に逆らう。彼らを助けろと、弱いくせに私に指図する。君は、弱くて何もできないくせに」
俺は弱くて。不甲斐なくて。
勧修寺先生の言う通りだ。
「でも、俺は!」
「聞いてあげますよ。君の無駄口を」
「先生が怒ってるなら、その怒りが何なのか知りたかった。先生の怒りは、目の前のβを潰したっておさまらない。だったら一緒に考えなければならないでしょう。先生の中から、どうしたら怒りがなくなるのか」
「聞かなければ良かった。私は君の助けを必要としません」
「でも!結果として俺を助けてくれた先生を、俺は助けたいです」
くだらない……
チッと先生が舌打ちした。
「ならば君は」
俺の喉をつぅっと伝った柄の先が、頭上高く振り上がった。
「彼らに振り下ろす矛先を受け止める覚悟はありますか」
柄が宙を切り裂く。
俺に落ちてくる柄の先で殴られるのか。
それとも、逃げればいいのか。
反撃するのが正解なのか。
(答えは分からない)
分からない……
答えを探っている間に柄が迫る。
空気が鳴く。柄の先端が空気を引き裂き、耳鳴りがする。
迫る凶器に反射的に瞼を閉じた。
「そうやって目を瞑って、君は目の前の現実から逃げている」
だから弱い。
……彼は言った。
(俺は弱い)
弱いんだ……
けれど。
いまはなにもできなくても。
考えることから逃げはしない。
バシイィィーンッ!
鳴動が割れた。
「これが、あなたの振り下ろす矛ですか」
目の前に押し迫った柄の先が、寸前で止まった。
「軽いですね」
聞き慣れた声が鼓膜に飛び込んだ。
そっと瞼を開ける。あなたの背中が網膜に飛び込んだ。
「あなたの覚悟が、これほどまでに軽いとは知らなかった」
真川さんの腕が揺れている。
司会者のマイクを拾って、マイクの持ち手でモップを止めている。
「こんな軽い覚悟なら、受け止めるのも容易い。受け止めて差し上げますよ。幾らでも」
もっとも……
「あなたは誰かに受け止めてもらうほど、弱い人間に見えませんが」
宵闇の瞳に映るイーグルアイが、不敵な弧を描いた。
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