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Ⅹ君には渡さないpartⅢ ⑥

「そう言うだろう……と」  フッと空気が揺らぐ。 「君ならば、その牙を私に剥くだろうと……」  宵闇の中で、夜に火が灯った。 「思ってましたよ」  グラリ  空気が鳴動する。頭が割れるように痛い。  互いの周囲の空気が膨らみ、押し合い、凌ぎを削る。  鼓膜を振動させる、響鳴は…… (αとαの威圧がぶつかっているせいだ)  Ωの俺は、この見えざる力と力の響鳴に耐えられない。 「優斗、動くな。辛くても俺から離れるな」  勧修寺先生の矛はおさめられていない。 (ここから、押し込む?)  力でねじ伏せる気なのか。 「面白い」  夜の双眼が深淵に火を放つ。 「私の軽い覚悟が君を吹き飛ばす」  圧迫感で息が詰まる。視線が外せない。少しでも隙を見せれば、勧修寺先生の矛が薙ぎ倒しに掛かるだろう。 「守るものを手離せば、形勢逆転するかも知れませんよ」  真川さんは……  俺を守りながら、戦っている。 (勧修寺先生は両手で柄を握って、押し込んでいる) (真川さんは、右手だけでそれを受け止めている)  左手は後ろ手に、俺の方へまわして。 (隙ができれば勧修寺先生は、この体勢から蹴りを放ってくる)  俺の前に立って、真川さんは身を挺している。  そのせいで、体勢不利な情勢を強いられている。  俺が離れれば…… (情勢が変わる)  俺が真川さんから、離れさえすれば。  あなたは攻撃に集中できる。 (俺は非力で弱いΩだ)  弱さを自覚しているから……  真川さん。 (あなたの足を引っ張りたくないです)  今の俺が、あなたにできる事は……  あなたから離れること (俺を守ってくれて、ありがとう)  あなたを守るために、あなたから離れます。  ……がしっ  俺の手を、確かな温もりが繋いだ。 「大切なものは、手離しちゃいけないんだ」  あなたの左手が、俺の左手を握っている。  俺を包むように。  大きな背中が立っている。  そっと、スーツ越しのあなたの(せな)に触れてみた。  あったかい……  初めてあなたに手を、俺から伸ばした。  俺も、あなたに触れていいんだね…… 「大切なものは手離さない」  もう二度と……  動いた唇が声を紡いだ気がしたのは、俺の気のせいだろうか。 「君を離さない。優斗」

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