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Ⅹ君には渡さないpartⅢ ⑦
ぎゅっと……
真川さんの手を握り返した。
俺もこの手を離したくない。
じりり、と真川さんが後退る。不利な状況は変わらない。
俺と手を繋いでいるから、自由になるのは右手だけ。真川さんは押し込む勧修寺先生を受け止めるのが、やっとの体勢だ。
(左手が使えない分、俺が気を引いて、勧修寺先生の隙を作れれば……)
でも、どうやって?
考えているうちに時間だけが過ぎていく。
そうしているうちに、また真川さんが後退る。また一歩……
真川さん?
(わざと後退ってる?)
ふと、なにかを感じた。
真川さんの動きに不自然さはない。
けれど。
真川さんは押されている状況を逆手に取って、勧修寺先生に優勢を自覚させ、勧修寺先生の隙を作ろうとしている。
確証はない。
だけど……
(信じるよ)
俺自身の気持ち。
俺を守ってくれる、真川さんの気持ちを少しでも助けられるのは、俺の心だから。
真川さんの動きに合わせて、俺もゆっくり後退る。
壁際に追い詰められるのは、危険だ。
でも……
真川さんに考えがあるなら、俺もそれに賭ける。
運命の番なら…………
こんな時、相手の心が分かるのかも知れない。
俺は、あなたの番じゃない。運命のΩじゃないから分からない。
けれど。
あなたを信じる心は、誰よりも強いよ。
(壁まで、あと何メートルだ?)
2メートル……1メートル……既に切ったか?
壁までの距離は、もう1メートルもないかも知れない。
これ以上、壁に接近するのは危険だ。
(打つ手がなくなる)
それまでに真川さんは何かを仕掛ける。きっと……
勧修寺先生は勘が働く。
極めて鋭い直感で動く。
(お願いだ。何も気づかないでくれ)
危険領域に踏み込んだ。もう、後がない。それでも真川さんが後退する。何かが俺の腕に当たった。
(壁)
……じゃない!
(機材!)
マイクの音源を無線で繋いでいるスピーカーだ。
気づいた時には遅かった。
スピーカーの脚がぶつかって、バランスを崩す。
(倒れるッ)
俺、また真川さんの足を引っ張ってしまうっ
…………………………ちがう。
俺は倒れたらいいんだ。このまま、床に。
スピーカーが壁際にあるのには理由がある。
マイクには無線で繋がっている。
しかし。
スピーカーの動力は電気。
(電気を繋ぐコードは有線)
コードは壁から繋がっている。
スピーカーのコードを引き抜いた。
バランスを失った俺を真川さんが持ち上げる。
繋いだ俺の左手と真川さんの左手は離れない。
床が迫り、視界が覆い被さる寸前、俺を繋ぐ真川さんの左手が守ってくれる。
「よくやった」
あなたの言葉が差し込んだ。
俺の右手からあなたの左手に、スピーカーのコードが渡った。
コードがしなる。
鞭のようにうねる。
勧修寺先生の足に取りつく。
このまま……
勧修寺先生が力任せに押し込めば、足にコードが絡んで転倒は免れない。
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