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Ⅹ《おまけ+》【後編】oho
(真川さん、我慢してない?)
発情期の俺が、いつまでも傍にいたらきっと苦しい。
能力が高くて耐性の強いαとはいっても、フェロモンの影響を受けない訳ではない。
Ωフェロモンを吸い続けて、苦しい筈だ。
「あっ……」
「発情期の君の方から離れるなんてショックだよ」
小さな吐息が漏れた。
「俺には魅力がないのかな」
「そうじゃないです!」
「じゃあ、どうして?」
手首を引かれて、顎を持ち上げられた。
真川さんの手の中で、視線の逃げ場すらない。
「苦しいかと思って……」
「俺がか?」
「俺が傍にいたら、Ωフェロモンにあてられてしまうから」
「気にしなくていい」
「でも」
苦しいのは俺のほう……
心臓のドキドキが止まらなくて。
でも、婚約者の振りを見せなくちゃいけないから、真川さんが俺を恋人扱いしてくれているのだと考えると、鼓動がきゅうっと締めつけられる。
今だって。
Ωフェロモンにあてられても平静でいる……
真川さんの手の中で、チラリと視線を上げて見やった。
(勧修寺先生)
あの人に恋人の振りを見せなきゃいけないから。
カツン、カツン
カツン、カツン……
硬質な靴音が不意に止まった。
「許嫁の腕に抱かれているのに浮気ですか」
声は突然、振りかかる。
「α一人じゃ満足できないなんて。淫乱な発情Ωだ」
(気づかれていた)
勧修寺先生に視線を流したの。
(でも、そういう意味じゃなくって)
「君がお望みなら差し上げましょう」
息すらできない。
(真川さんとは、まるで違う)
双眸の奥底に宿る氷が、俺の視線を凍らせる。氷の冷たさに、心臓が熱いと錯覚を起こす。
(動けない)
体も、視線も。
時が凍ってしまったかのように。
「君が望んだんだ」
夜の闇が視界を覆う。
勧修寺先生の闇の色……
冷たい指先が頬をなぞった。
「君を頂きましょう」
天から。
真っ直ぐ降りてきた唇が、俺に触れた。
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