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Ⅹ君には渡さないpartⅢ ⑭
「邪魔です」
モップが宙を駆けた。
「足手まといは引っ込んでなさい」
風圧にαが怯む。
俺達の囲みがやや緩くなったが、それでもドアまでまだ遠い。
(強引に突破口をつくる気だろうか)
でも、議員を殴り飛ばしたら先生の立場が。
「正当防衛に言い訳は必要ありません」
不意に。
見透かした視線が心臓を射貫いた。
「けれど私の身を心配するのであれば、君にチャンスをあげましょう」
流した瞳の鋭さに、鼓動が震えた。
「まんまと乗せられたな」
(俺、勧修寺先生に誘導された)
本能に落ちたα達を抑えて、この場を切り抜ける役目を……
(課せられた)
「すみません」
「構わない。誰かがしなくちゃいけないんだ」
真川さんの表情に苛立ちはない。
「まずはどうα達を抑えるかだ」
若干囲みが緩んだとはいえ、α達はすぐそこまで押し寄せている。今にも襲いかからんとする勢いだ。
(標的は俺)
本能が怖い。
ねっとり、体の細部まで舐め回すような視線が気持ち悪い。欲望の全てが俺に向けられている。
(怯むな)
俺はΩで、ただそれだけの事だ。
逃げるんじゃない。脱出だ。脱出のために立ち向かわなくちゃ。
(真川さんのアシストを)
そんなんじゃダメだ。
(この事態は俺が引き起こしている)
俺がなんとかしなければ。
(本能に飲み込まれたとはいっても、相手は議員だ)
俺が矢面に立てば、注意は全部俺に向く。その隙に真川さんだけでも。
扉まで辿り着くだけじゃ足りないんだ。
(扉を開けるための時間を稼がなければ)
そのために、俺にできる事は一つ。
全αの注意を俺に向けさせて、時間を作ります。
一歩、右足を踏み出した……瞬間。
「わぁっ」
とてつもなく強靭な力に後ろから引っ張られて、危うく尻餅をつきそうになった。
「なにするんですか」
邪魔した人は真川さんだ。
ピッ
「えっ」
グリグリ
「ちょっ、痛いです」
「ここ、皺が寄っている」
「やめてください」
真川さんが眉間のグリグリをやめてくれない。
「面白い顔だが、俺の好みじゃない」
「真川さんの好みなんて聞いてません。それに面白い顔じゃありません」
「却下だ」
…………なっ。
(なんで、この人は)
こんなに偉っそうなんだー!!
面白い顔の否定を却下された俺は、面白い顔に認定されてしまった……
……つんつん。
つんつん。
(知らない)
誰が口きいてやるもんか。頬っぺた、つんつんしたって無視してやる。
(謝っても許してあげないから)
「面白い顔だ」
「また言った!」
しまった★
(口きかないって決めたのに喋ってしまった)
「君は、俺好みの面白い顔をしていればいい」
「ひどいです。どうして、いつもあなたは勝手なんですか」
「勝手を許してくれるのが、フィアンセだろう」
「それは……」
見せかけのための嘘で。
ほんとうの俺達は他人だ。
なのに、俺……
(一瞬、あなたの言葉を信じてしまった)
演技の台詞だと分かってて。
心臓が鳴りやまない。
「俺に、君を守らせてくれ」
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