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Ⅹ君には渡さないpartⅢ ⑯

 真川さん…… 「信じます」  だって。 (あなたは嘘だけど) (今だけ、ほんとうの……) 「フィアンセです」   それは仮の真実で。  周りを騙すための嘘だけど。 (俺自身もその嘘に騙されます)  今だけ、あなたはフィアンセ。  将来を誓い合ったあなたを信じないわけありません。  宵闇の双眼を、俺の瞳に映す。  あなたをもっと近くに感じる。あなたが俺の中にいるみたい。 (俺の意志、あなたに届いているかな)  あなたを信じて、あなたを守りますね。絶対。  あなたを離さない。 「ありがとう、優斗」  あなたの声に呼応するかのようにα達が動いた。  じりっ、じりっと距離が狭まる。  クスリ……と吐息が漏れた。 (勧修寺先生)  口許に手を当てて、息が笑む。 『詰みだ』  まるで吐息が煙草の煙のように揺れる。唇がそう告げたような気がした。  だけど。  勧修寺先生は動かない。モップを床に突き立てて、微動だにしない。  打つ手がないから諦めた。 (……なんて、この人が選ぶ筈ない)  この局面、まだ本当は詰んでいない。 (勧修寺先生は信じている)  真川さんを。  違うな。  そうじゃない。 (先生は真川さんを信じていない)  次の手を読んでるんだ……  次の一手で状況が逆転すると確信している。  あの冷たい夜色の眼に映しているのは『詰んだ』という演技(フェイク)だ。  最終局面で一分の隙すら生まないように。絶望的という状況を自ら創作して、操作している。 (俺も油断なく動かなくちゃ) 「優斗」  名前を呼ばれて頷いた。 「はい」 「目を閉じろ」  …………………………えっ。  そんな事したら、周囲のαが見えない。  α達の思う壺じゃないか。 「迷っている時間はない」 「でも」 「これは命令だ」  真川さんの顔が近づいてきて、大きな手に視界を覆われた。 「……目、開けてたら俺がやりにくい」  低い吐息が耳朶に吹いた。  あたたかくて、柔らかいものが重なった。 (俺!!)  キスしてる。  唇に触れているのは、真川さんの唇だ。  このタイミングで、なんでー!?

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