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ⅩⅠ意地悪な鼓動が鳴り止まない④
熱い。
心臓がうねり、激しく拍動する。
血流が全身を巡って、体温を上昇させる。
意識が真っ白に染まって、倒れしまいそうだ。
(倒れたら、俺……)
俺じゃなくなってしまう。
俺じゃないものが、心臓を破って体の中、理性を押し潰そうと暴れている。
「優斗!」
「ダメですッ!」
抱き寄せようとした真川さんの腕を、とっさに払った。
ハッと目を見開いた真川さんの顔が傷ついたように見えたけれど……ごめんなさい。
床に倒れた俺を起こそうとした手も拒絶する。
「来ないでくださいッ!」
ハァハァハァハァッ
「俺に……近づかないで……」
視界の淵に、差し伸べようとしていた手をぎゅっと固めた真川さんが見えた。
「優斗になにをした」
「怪我の手当てをしただけですよ」
「先生!」
「本当です。転んだ拍子に擦り剥いていたようです。傷から雑菌が入らないといいのですが」
グアッと宵闇の目が見開いた。
「薬を使いましたね」
「ほぅ」
「とぼけるなッ!発情亢進剤 をハンカチに染み込ませて、優斗の傷口にあてたんだろうッ!」
「真川さんッ!」
やめてください。
「手を出したら、あなたが悪くなってしまう」
胸倉を掴もうとした手が、空を切る。
「優斗ッ」
「あなたは政治ジャーナリストです。使うのは暴力じゃないです」
「クソっ」
爪を食い込ませた拳が、虚空に振り下ろされた。叩きつける場所もない。
「勧修寺先生。あなたの行いは問題です」
「怪我の手当てがですか?人助けでしょう」
「違います。発情亢進剤を使った事です」
「使ったとは言ってません」
「優斗のこの症状は、明らかにそうでしょう。あなたのハンカチでおかしくなった」
「では問いましょう。仮に使っていたとして、何をするんですか」
ハラリ、と……
「この国にオメガの人権はない」
白いハンカチが滑り落ちた。
「証拠の品です。どうぞ。君に差し上げます」
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