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ⅩⅠ意地悪な鼓動が鳴り止まない14

 どちらも引く気はない。  値がどんどん釣り上がっていく。 「七億」 「八億」 「九億」  勧修寺先生と、クリムゾン勝浦さん。二人が億単位で競っている。 「大台に乗りますか」 「もちろんです」  仮面の下で唇が上がる。 「十億」  声が凛と響く。  静寂を映すかのように。 「……やはり、あなたならそう言うと思いましたよ」  夜の闇をまとう瞳が、仮面から覗く視線を見据えた。 「競う以上、負けるのは嫌いですので」 「でしょうね」 「まさか、私を試しましたか」 「試すなんてとんでもない。あなたと、対話したかっただけです」 「それを『試す』と言うんですよ」  口調こそ穏やかだが、空気が剣呑としている。 「それで、私の器は測れましたか」 「さぁ、どうでしょう」 「若手議員筆頭の勧修寺先生ともあろうお人が測り損ねましたか」 「測り足りないだけですよ」  鷹が不敵に目を眇めた。 「先程はシミュレーションです。一億から値を釣り上げる気はありませんので、どうぞ二億で購入なさって下さい」 「別に、十億でも二十億でも支払いますよ」 「随分そのΩにご執心ですね」 「悪いですか」 「いえ、なにも」  二人の会話の真意は計り知れない。  仮面の人が本当に、俺が欲しくてオークションに参加したのかも…… 「それでは二億で……」 「待ってください!」  俺はッ 「君は、私に買われました」 「そんなっ」 「言った筈です。Ωに選択権はないと」 「でもっ」  でも、俺は…… 「真川尋の婚約者です」  言えた。  ようやく……  こんな状況で。  こんな形だけど。 (嘘の関係でも、今だけは真実だと思ってる)  真っ直ぐな気持ちで言える。 「婚姻を結んでいなければ、出品を取り消せない」  声は無情に響いた。  ひらり。  突然、目の前に舞った一枚の紙…… 「買われるのが嫌なら、私と婚姻関係を結びましょう」 「なっ」  なにを、この人は!  クリムゾン勝浦  初めて会ったばかりで。 「本気ですよ」  仮面の奥の瞳が、俺を見つめている。 「そんなこと……」 「承服できません」  声は背後から、均衡を破った。 (真川さん!)

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