182 / 217
ⅩⅠ意地悪な鼓動が鳴り止まない14
どちらも引く気はない。
値がどんどん釣り上がっていく。
「七億」
「八億」
「九億」
勧修寺先生と、クリムゾン勝浦さん。二人が億単位で競っている。
「大台に乗りますか」
「もちろんです」
仮面の下で唇が上がる。
「十億」
声が凛と響く。
静寂を映すかのように。
「……やはり、あなたならそう言うと思いましたよ」
夜の闇をまとう瞳が、仮面から覗く視線を見据えた。
「競う以上、負けるのは嫌いですので」
「でしょうね」
「まさか、私を試しましたか」
「試すなんてとんでもない。あなたと、対話したかっただけです」
「それを『試す』と言うんですよ」
口調こそ穏やかだが、空気が剣呑としている。
「それで、私の器は測れましたか」
「さぁ、どうでしょう」
「若手議員筆頭の勧修寺先生ともあろうお人が測り損ねましたか」
「測り足りないだけですよ」
鷹が不敵に目を眇めた。
「先程はシミュレーションです。一億から値を釣り上げる気はありませんので、どうぞ二億で購入なさって下さい」
「別に、十億でも二十億でも支払いますよ」
「随分そのΩにご執心ですね」
「悪いですか」
「いえ、なにも」
二人の会話の真意は計り知れない。
仮面の人が本当に、俺が欲しくてオークションに参加したのかも……
「それでは二億で……」
「待ってください!」
俺はッ
「君は、私に買われました」
「そんなっ」
「言った筈です。Ωに選択権はないと」
「でもっ」
でも、俺は……
「真川尋の婚約者です」
言えた。
ようやく……
こんな状況で。
こんな形だけど。
(嘘の関係でも、今だけは真実だと思ってる)
真っ直ぐな気持ちで言える。
「婚姻を結んでいなければ、出品を取り消せない」
声は無情に響いた。
ひらり。
突然、目の前に舞った一枚の紙……
「買われるのが嫌なら、私と婚姻関係を結びましょう」
「なっ」
なにを、この人は!
クリムゾン勝浦
初めて会ったばかりで。
「本気ですよ」
仮面の奥の瞳が、俺を見つめている。
「そんなこと……」
「承服できません」
声は背後から、均衡を破った。
(真川さん!)
ともだちにシェアしよう!