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ⅩⅠ意地悪な鼓動が鳴り止まない16

 この人は強い。 (なんだろう)  精神の底に、得体の知れない屈強な芯を持っている。初めて会った人だけど、分かる。 (この人は普通のαじゃない)  黒服のβ達がざわめいていた。  あれは畏怖だ。  得体の知れない。それでいて尊厳にも似た恐怖をβ達は感じていたんだ。 『クリムゾン勝浦』  その名を呼び、讃え、畏れ、敬う。  今もまだ終わらない。  名を刻むと同時に体の深奥に浸透する、恐怖の感情は今も感じている。得体の知れないものへ対する、賛美と畏怖。 (真川さんとも) (勧修寺先生とも)  まるで違うαだ。  この人は危険だと、本能が警鐘を打つ。 (だけど)  伝えなければ。 (伝えないと)  真川さんが俺の意志を伝えてくれた。  真川さんの代弁した言葉に間違いないと……  俺の言葉で伝えなければ。 「俺は真川さんについて行きます」  Ωに意思決定権はない。  それが社会の常識で、誰も疑問を持たず、誰もが従っていた。  けれど真川さんは『それは違う』って言ってくれたんだ。 (だから俺が伝えなくちゃ)  俺の意志はここにある。  Ωが意志を持っているって。 「申し訳ありません。結果として、あなたは俺を助けてくださいましたが、俺は……」  俺は………… (どうして?)  言葉が出ない。  声が出せない。 (威圧じゃない)  αの威圧に屈したんじゃない。  ハァハァハァハア  心臓が打つ。激しく、激しく。皮膚を喰うように。  打ち付ける心臓の音が直接酸素を欲しているかのように。  ハァハァハァハア  酸素が欲しい。もっと、もっと、もっと、もっと! (ちがう)  欲しいのは酸素じゃない。 (ほんとうに欲しいのは…………)  雄が、欲しい…………  穴が寂しい。雄で埋めたい。 (さながわ、さん……) 「優斗!」 「明里君!」  近づいちゃいけない。でも……  俺にはもう、αを。雄を拒めない。 (雄の肉棒、欲しい) 「救急車を!」 「いえ。この状態は、もう手遅れです」

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