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第3話

 小汚いバーのドアを開けて中へ入っていく。五人しか座れない狭いカウンター。壁側にソファ席が二つあるだけのバー。カウンターの向こう側から「おかえりー」と顔も出さずに声がかかる。それに何も返さずいつも通り、奥にあるドアを開ける。トイレと間違われがちなドアの先は階段だ。二階に俺の部屋とさっき声をかけてきたオッサン――この店のマスターで親戚の部屋がある。四畳の部屋には布団と折り畳みテーブル、積み重なった雑誌や漫画本。それくらいしかない。それで十分な俺の部屋。  制服を脱ぎ捨ててその辺に散らばっていた私服に着替える。小さいテーブルの上のタバコ取って部屋を出る。 「気をつけろよー」 ってオッサンが声をかけてくるのをまた無視して店を出た。ぶらぶら歩いてゲーセン入ってゲームしてると佑月が隣に座る。そして見知った顔も集まる。佑月以外のヤツらはどこの高校かは知らない。知ってるのは名前だけ。つるんで、適当にその辺のヤツらとケンカして、オッサンのバーに行って酒飲んでタバコふかしてダラダラ過ごす。それだけ。今日も、一緒だ。 「なー、アイツらうぜぇんだけど」  金髪ツンツン頭のシンがイライラしたツラでゲーセンの出入り口に五~六人でたむろってるヤツらを見る。どこにでもいる、俺たちと同じようなヤツら。ニヤニヤひそひそ、確かにうぜぇ、っていうか、ぶっ潰したくなるヤツら。 「あー? ちょい待って。これもうちょっとでクリアするからー」  古臭い昔の型のゲームをしていた佑月が画面に釘付け状態のまま気のない返事をしてくる。 「お前はあとで来い」  どうせ佑月が最初から張り切るわけもない。俺はゲームよりケンカしてるほうが暇つぶしになる。シンと、シンといつもつるんでるリョウと三人でにやけてるヤツらのほうへ。無言で近づいて、無言で蹴り入れたのはシンだ。一気に殺気立つバカたち。 「ケンカ、したいだろ?」  面倒くせぇやり取りはいらねぇ。殴って殴って、殴られて、殴って。拳振り上げて、血まみれになって、ぶっ潰してやりたい。  ぞろぞろと裏道へと向かって、人気がない路地で合図もなく殴り合いが始まる。  殴って、殴って、殴って、殴られて、殴って。口の中の血を吐き出して殴って、殴る。 今日のヤツらはわりと粘って面白れぇ。敵意剥き出しで殴ってくるツラにゾクゾクずる。 「おつかれー」  しばらくしてのんきな佑月の声が場違いに響く。殺気立った俺の目の前のヤツが佑月のほうを向くから、そのままその顔に拳をめり込ませた。 「おっと」  倒れるソイツを避けるように佑月が飛び退く。周りを見るとシンもリョウも一人ずつ片づけて、残りは二人。 「俺がやる」 「じゃあもう一人は俺ね」 「あ? ユヅはどいてろ! 俺がやる」  最初からテンション上がりきっていたシンが佑月に叫んで、俺はこっちを伺っているボケに殴りかかった。 「せーっかく早く切り上げてきたのにさー。あ、リョウ~、タバコちょーだい」  最初からケンカする気ねぇだろって感じの佑月の声を聞きながら殴って、殴られて、そして――視界に俺たち以外の人影が写った。黒のパーヵーを羽織った体格のいい男が俺たちのことを見ている。 「こんのヤロォ!」  気がそれてて、罵声とともに振り上げられた拳が頬にまともに入った。ぐらっと脳震盪がする。それ踏ん張って耐えて、一気に高揚する気分に指を鳴らす。勢いづいたように一発二発と殴ってくるボケに笑いがこみ上げてくる。  殴られて、殴られて、殴られて――次は、殴――。 「あ……マジ?」  殴って殴って殴ってやる。と振り上げた拳。それを振り下ろす前に空気を裂く音とぶつかる音、地面に崩れ落ちる音が響いた。  俺を殴っていたヤツが地面の上で呻いている。そして俺の前に黒いパーカーの……。 「……あれ? もしかして転校生?」  タバコ吸う手を止めて、佑月がそのパーカー男を驚いたように見た。 *** 「俺のオゴリだから、はい」  オッサンのバーに戻ってきた。とっくにバーは開店しているが誰も来る気配はない。いつだって俺らがたむろしてるし、似たようなヤツらしか来ることはない。そんなバーの見慣れたヤツらの中に、見慣れない異物。  カウンターにパーカー男がいて、ソイツに佑月がビールを渡していた。パーカー男はビールをしばらく眺めて、飲み始める。  ケンカは強かったのは認める。だけど俺たちとは違う。真面目そうなツラ。優等生、と言ってよさそうなツラをしてる。 「酒イケる? ハヤマユズルくん」  佑月は突然ケンカ中現れたコイツを連れてここへ来た。俺を助けた礼――なんているかよ。余計なことをしやがって、と不完全燃焼すぎて3杯目のビールを飲む。カウンターではパーカー男の横に佑月。俺はソファ席でビール飲みながら夕食という名のつまみを食う。傍にはシンとリョウ。ふたりはゲームをしていた。  つまんねぇ。  いつも通りの光景だ。ただそこにパーカー男という異物いるだけで不快でたまらない。ザワザワザワザワ、ムカムカ、する。  胸のあたりに泥のようなものが押しこめられてるみたいに不快で、酒で流すようにいつもよりペース早くグラスを空けていく。 「カナト、今日飲みすぎじゃねーの」  リョウがゲーム機から顔を上げて殴られたせいで少し腫れた目を向けてくる。 「……別に」  そう言っても、視界に入るパーカー男が目障りでテーブルに蹴りを入れた。俺たちしかいない店にやけに大きくその音は響く。佑月たちが俺のほうを見る。俺はパーカー男を睨みつけると酒瓶を手にして二階に上がった。  自分の部屋でウイスキー飲んでダラダラと過ごす。飲んで飲んで、飲み足りなくて飲んで――気づけば寝ている。  それも、いつものことだ。 ***

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