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第11話

 入院して結構な日数がたってると思う。薬の量が多くてうんざりする。食事はまずくてあんまり喉を通らない。  医者がやってきて、いろんな話をする。  最近は夢の話と、家の話をする。  気持ち悪くなって、あまり話せないけど。  話していって、少しずつ、気づく。  触手なんていなかったんだって。  全部あれは現実だったんだ、って。  夜な夜な、ただ佑月たちとセックスしてただけの話だって。  セックス依存症。ってやつみたいだ。  ――俺がお父さんと、その友達からずっと犯されてたのが原因らしい。  そうか。  それでシンは俺に病院に行け、と言ったのか。  窓の外を見ると雪が降っていた。 *** 「佑月くんたちも君に会いたいと言っていたよ」  まだ病院にいる。もうだいぶ良くなっているが、まだ退院できないそうだ。 「そうっすか……。顔合わせるの気まずいな……。俺、変なことに巻き込んじゃったし……」  父親から受けていた性的虐待。そのせいで俺は夢遊病のように、佑月を誘い、そしてシンたちも一緒にセックスしてた、とか。  どんなゲイビだよ、と苦笑してしまうような話だ。どうして佑月とそうなったかはわからない。 「佑月くんたちこそ謝りたいと言ってたよ」 「そうですか……。普通の……友達みたいになれるかな」 「なれるよ」 「……佑月とはずっと、一緒だったから。いつも心配かけてたから」 「――佑月くん、なんだね。小学校からずっと一緒で、君が虐待を受けていることを知って、君を助けたいと言っていたのは」  俺を担当する先生にはもう何度も話した。何回も話したつもりでも抜けてるところもあるし、新たに思い出すこともあるし、気づくこともある。  父親が死んで、母親の弟だった叔父さんに引き取られて転校して、普通に暮らしていたつもりだったけど俺は普通じゃなかった。 「さすがに父親から犯されてる……なんて言えなかったけど。たぶん気づいてたんじゃないかな。アイツほんと俺のこと心配してて。俺の虐待に気づいてからは武道とか始めたんですよ」 「……いいお友達だね」 「はい。親友です」 「奏人くん。――くんのことはわかる?」 「……え? 誰です?」 「いや、なんでもないよ」  たまに、先生が誰かの名前を言うけど、知らない名前で首を傾げることしかできなかった。  先生との話を終えて病室に戻る。どこかの病室で奇声が聞こえてたりするけど比較的静かだ。  ベッドに腰かけて本を読む。小学生のときに読んで、好きだった本を病院で見つけて最近はずっと読んでいる。小学生の男の子ふたりの冒険ストーリーのシリーズものだ。  わくわくする。小学生のときの、まだただ毎日遊んで楽しかっただけのとき、好きだった本。読んでるとホッとする。  夢中になって読んでいるともう耳に馴染んだ看護師さんから名前を呼ばれた。 「奏人くん、お見舞いよ」 「……え? 見舞い……?」  いままで誰も来なかった。叔父さんは入院に必要な荷物をもってきてくれてはいるけど、顔を出すことはない。それが叔父さんの意志なのか、面会を制限されてるのか、俺にはわからなかった。 叔父さんにはすごく迷惑かけたから、避けられてるのかもしれなかったし。 「大丈夫?」 「は、はぁ」  狼狽える俺に看護師さんは優しく微笑んでくれて、それに少し安心する。 「なにかあったら呼んでね」  そう言って看護師さんは出て行って。かわりにずっと病室の外で待っていたらしい人影が入ってきた。 「……久しぶり。奏人」  眉を寄せて、いまにも泣き出しそうな顔をしていた。 「久しぶり……。来てくれて嬉しいよ。佑月」 「……」  佑月は、ますます泣きそうに顔を歪めて、顔を俯かせた。 「どうした? 大丈夫か?」 「……いいや、なんでもない。……奏人が元気そうでよかった、と思ったんだ」  佑月はようやく笑顔を浮かべた。  ああ、懐かしい佑月の笑顔だ。いつだって俺は佑月の笑顔に救われてたんだ。  佑月に椅子をすすめて、向き合って顔を合わせる。  本当に、すっげぇ、久しぶりだ。ついついじっと見てしまう。 また会えてよかった、ってホッとする。 「その本、懐かしいな」  佑月がベッドに伏せていた読みかけの本を手に取った。 「それさ、小学校のときふたりで回し読みしてたよな」  佑月も覚えてるんだ。嬉しくて話しかけると驚いたような顔をする。なんだよ、と笑うと佑月は笑うけど、また泣きそうに顔を歪めてうつむいた。 「……大丈夫か? って、入院してる俺が言えたことじゃねぇけど……」 「……大丈夫だ。奏人が……元気になってよかったって嬉しい」 「ああ……。悪かったな。マジで心配かけたよな。それにいろいろとほんと……」  夢だと思っていたことが現実だった。それを言うのは気が引けてしまう。前だったら気にせず言ってたと思うけど、なんか気まずい。 「いいよ。奏人が元気なら」  佑月が本心から言ってるのが、その笑顔から伝わってくる。胸のあたりが暖かくなって、むずむずして照れくさくて頬が緩んだ。  それを誤魔化すように頬を叩いて、にやり、と佑月を見た。 「あと、ここ禁煙だからな。タバコくれって言ってもやれねーぞ」 「――……俺は吸わないから、大丈夫だ」 「禁煙したのか? まぁ俺ももう吸ってない」  タバコは身体に悪いからな。吸わないならそれがいい。  そう言うと佑月は目を伏せて小さく笑った。  それから毎日のように佑月は俺の見舞いにくるようになった。 ***

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