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序章 : 2
何の前触れもなく通路に押し倒された青年は、小さく呻く。
「い、った……っ。ちょっと、センパイ? いきなり押し倒されると、ケガし――」
青年は当然、文句を言った。
が、松葉瀬は青年が紡ぐ文句に興味なんてない。
――興味があるのは、青年の体だけだった。
「ちょっと……っ」
うつ伏せに倒した青年にのしかかり、松葉瀬は青年の服を引っ掴む。
そしてあろうことか……青年が着ている服の襟を、乱暴に下げた。
――青年のうなじが、惜しげもなく晒される。
松葉瀬は、青年のうなじに、舌を這わせた。
――いっそ、今ここで、コイツに咬みついてやろうか?
そこまで考えた松葉瀬は、青年のうなじに歯を立て。
「――咬むんですかぁ?」
青年に、挑発された。
うなじを咬まれるか、咬まれないか。
その、瀬戸際だというのに。
青年は挑発的に、笑っていた。
「アルファの情けない本性を剥き出しにして、脆弱でカワイソウな後輩オメガをムリヤリ番にするんですかぁ? さっすが、俺様何様アルファ様ですねぇ? 清々しい程にサイテーで、痺れちゃいます」
口角を上げて、青年は蠱惑的な声色で囁く。
紅い瞳を細めて、ただただ、楽し気に。
「……黙れ、クソオメガ」
対する松葉瀬の声は、あまりにも……弱々しい。
小さな鳴き声に似た松葉瀬の台詞を聴いても、青年は笑みを消さなかった。
「そのクソヤローを虐めることでしかストレス発散できないなんて、高尚なアルファ様は随分とお手軽な人種なんですねぇ? 単純で、羨ましいです」
青年が再度、挑発をしかけてきたとき。
「――黙れって言ってんだよッ!」
叫ぶと同時に。
――松葉瀬は犬歯を、青年に突き立てた。
「い、ったぁ……っ!」
怒りに身を任せ、力の限り、咬みつかれる。
当然、青年は痛みによって悲鳴を上げた。
けれど。
「……ふ、ふふっ。あははっ! あれれぇ? センパイ、そこはうなじじゃないですよぉ?」
青年は、咬まれた箇所を。
――肩を撫でて、後ろにいる松葉瀬を振り返った。
自分の下で、愉快気に笑う青年を眺めて……松葉瀬は吐き捨てるように呟く。
「肩から血ィ出してるくせに、なに興奮してんだよ。……この、ドヘンタイが」
振り返ったまま、青年は唇で弧を描いた。
「ふっ、あはっ。……だってぇ」
青年の紅い瞳が、松葉瀬を捉える。
「ボク、今から……カワイソウなウジ虫センパイの慰み者になるんですよぉ? そんなの……ふふっ」
青年の紅い瞳を見て、松葉瀬は眉間の皺を深く刻んだ。
「――とっても、絶望的じゃないですかぁ?」
松葉瀬を捉えた、紅い瞳。
その瞳は……情欲によって、濡れていた。
序章【情熱的且つ退廃的な訪問】 了
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