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 自分がオメガだと、課内の職員全員に告白した。  それはつまり、自分が周りよりも下等な劣等種だという告白。  ――正気じゃない。  話したこともない、矢車菊臣という男。  その第一印象は、松葉瀬にとって……プラスのものではなかった。 『オメガ……?』 『うそ……? 矢車君って、オメガだったの?』 『マジかよ……俺なら耐えられねぇ』  驚いたのは松葉瀬だけではない。  周りの職員、全員だ。  だというのに、渦中の矢車だけは。 『皆様にとって足手まといになるかもしれませんが、よろしくお願いしまぁす』  ――笑顔だった。 『何ですかぁ? この、腫れものに触れるような空気? ……悲しいなぁ。ボク、特別扱いされたくて言ったワケじゃないですのにぃ』  ヘラリと笑う矢車は、自己紹介を終えるとその場にストンと座る。  矢車が座っているのは、松葉瀬の隣。  職場では猫をかぶっている松葉瀬でも、さすがにポーカーフェイスを気取れなかった。  その後の挨拶で、重苦しい空気に耐えかねた新入社員が『ベータです』なんて言っていたけれど、そんなことは松葉瀬にとってどうでもいい。  ――オメガは、劣等種で可哀想な存在。  ――オメガだと診断された人の中には、世間からの目に耐えられず、自ら命を絶つ者もいるという。  ――なのに、矢車はどうだ? 『……あれ、目が合った。にこっ!』  あっけらかんとした様子で自分の弱みを暴露し、あろうことか笑っている。  松葉瀬がアルファだということを、知らない職員はいない。  いくら新入社員でも、松葉瀬の第二性を知らないわけがないのだ。  ――何で、アルファの隣に座って笑っている?  松葉瀬にはどうしたって、矢車という男が理解できなかった。  アルファである自分を慰める、唯一の存在。……それが、オメガ。  だというのに、初めて見たオメガは……あまりにも、勇ましい。  ――矢車菊臣は、イレギュラーな存在。  隣に座る男のことを、松葉瀬はその一言で片づけた。  それから、空気を持ち直した新人歓迎会は順調に進んだ。  ガヤガヤと盛り上がる会場内で、松葉瀬は内心、疲弊していた。  声をかけられても、最終的にはアルファの話題。  そのことに、辟易していたのだ。  ――いっそ、自分が抜けたところで誰も気付かないのでは。  そう考えた松葉瀬の腕に、ある人物がすり寄った。 『――ねぇ、松葉瀬陸真センパイ?』  ずっと隣に座っていた、矢車菊臣だ。 『センパイって、アルファ……なんですよね? ボク、アルファの知り合いって少なくて……ちょっと、ドキドキしてます』  矢車はそう囁き、松葉瀬の膝に手をのせた。 『センパイ、カッコいいですよね。……番とか、もういるんですか? もしいないなら……ふふっ。ボクなんてどうです?』 『は、ッ?』  予想外の囁きに、松葉瀬は困惑する。  しかし、矢車はそんなのどこ吹く風だ。 『――ボク、こう見えて後ろ……結構、こなれてるかもしれないですよ?』  上目遣いで松葉瀬を見つめる矢車は……酒を、飲んでいない。  つまり、これは。 『ねぇ、センパイ。……二人で、抜け出しちゃいましょ?』  ――矢車からの、素直な誘いだった。

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