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 お互いにとって、なくてはならない存在となる契約。  片方が死んだら、もう片方は一人で生きていくことができない。  そんな……死よりも深く、重たい関係性の構築。  それが、アルファとオメガにとって絶対の絆……番になる、ということだった。  当然、オメガである矢車が、それを知らない筈がない。 『普通に生きてる人間の中で、ステータスが平均のベータよりも劣るオメガが……平均を遥かに超えるアルファに、力で勝てると思ってるのか?』  松葉瀬が本気を出せば、矢車のうなじに咬みつくことができる。  つまり……矢車の意思を無視して、番になることができるということだ。  だからこそ、オメガはアルファを畏怖し、敬遠する。  オメガにとって、アルファにうなじを晒すということは……命がけの行為。  だというのに、だ。 『ボクに番がいたら、そもそも今日……こうして、センパイを誘ったりしませんよ?』  ――矢車はやはり、笑顔だった。  そしてそのまま、矢車は松葉瀬の首に腕を回す。  ――不意に。 『……ッ』  ――矢車は、松葉瀬の唇に。  ――キスをした。  触れる程度の口づけは、すぐに終わる。  松葉瀬の顔から離れた矢車は、もう一度笑みを浮かべた。 『ボク、入社してからまだ一週間しか経ってないですけど……センパイのこと、ずぅっと見てたんですよ?』  衝撃の告白に、松葉瀬は眉間の皺を深くする。  字面だけ見たら、まるで愛の告白にも聞こえる台詞。  なのに……松葉瀬はどこか、うすら寒いものを感じた。  そしてその感覚は、見事に的中する。 『――センパイって、アルファ関連の話題を出されたら露骨にイヤそうな顔してましたよねぇ?』  矢車の指摘に、松葉瀬はただ。  ――絶句した。 『うぅん、それだけじゃありません。【アルファ】って単語を聞くだけで、表情を曇らせてましたよねぇ? 他の人は誤魔化せても、ボクの目は誤魔化せませんでしたよぉ? ご愁傷様でぇす』  松葉瀬の仮面は、完璧の筈。  だからこそ、出会って一週間程度の男に見破られる筈がないのだ。  言葉が出ない代わりに、松葉瀬は矢車のことをきつく睨みつける。  それでも矢車は、決して臆さない。 『それで、ボクなりに理由を考えてみました。……それで、気付いちゃったんですよね』  にこり、と。 『――センパイって、自分がアルファだってことに……嫌気が差してるんじゃないですかぁ?』  矢車は笑顔のまま、松葉瀬にとって触れられたくない部分を……捻り潰すように、撃ち抜いた。  不覚にも、矢車の言っていることは正しい。  悪足掻きをするほど、松葉瀬は愚かしくなかった。 『……だったら、何だよ』 『そうですよね。センパイのことばっかり暴いたら、フェアじゃないですよね』  松葉瀬の唇を、矢車は指で撫でる。  そして……こうして松葉瀬をホテルに誘った理由を、サラリと打ち明けた。 『――アルファである自分に、嫌気が差している松葉瀬センパイ。……そんなセンパイを、アルファの本能でいっぱいにしたら……すっごく、楽しそうって。そう思っちゃったんですよね、ボク』

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