9 / 76
1 : 7 *
蹂躙されることのなにが、得なのか。
それを矢車は、笑みを浮かべたまま説き始めた。
『ボク、悲惨すぎるシチュエーションとか、理不尽すぎる待遇を受けるとか……そういう、絶望感たぁっぷりな状況、大好きなんです。……もう、すぐにでも達しちゃいそうなくらい、ね?』
そこまで聴いて、松葉瀬は遂に理解する。
――矢車はどうして、自分がオメガだというカミングアウトをしたとき……あんなにも、毅然としていたのか。
それは決して、オメガだということを嘆いていたわけではなかった。
矢車は確かに……【自分がオメガだ】という事実に、絶望はしていたのだろう。
――だからこそ、その絶望を快感へと転換してしまったのだ。
『だから、ね? ボクを、虫唾が走る程大嫌いな松葉瀬センパイの番にして? ボクのこと、いっぱい、い~っぱい……絶望させてくださいよぉ?』
――矢車菊臣は、能天気な馬鹿なんかじゃない。
――頭のネジが外れた、とんでもない狂人なのだ。
恍惚とした笑みを浮かべ、矢車は官能的に囁く。
すると不意に、甘い香りがした。
『……あれ? センパイの、オスな部分……どんどん、硬くなってますね?』
『ッ!』
矢車から放たれる、甘い香り。
それはきっと、オメガが持つ……フェロモン。
『良かった、反応してくれて。……ね、センパイ。そろそろ本番……シませんか? ボク、さっきのキスで……結構、その気になってるんですよぉ?』
囁く矢車が、松葉瀬に自身の下半身を擦りつける。
オメガのフェロモンに充てられた松葉瀬同様……矢車の下半身も、反応を示していた。
松葉瀬は、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
けれど、このまま黙って解散する気には……どうしても、なれない。
『テメェのことは気に食わねェが、とりあえず魂胆は理解した。だったら、乗っかってやるよ、ドヘンタイ』
矢車のスラックスに手を伸ばし、前を寛げる。
そのまま、下着もろとも引き下げた。
『ん……っ。ヤッパリ、ちょっとだけ……恥ずかしい、かも』
『男同士に、恥ずかしいもなにもねェだろ』
『銭湯とかお手洗いなら、その場にいる人全員が脱いでるけど……今は、ボクだけじゃないですかぁ』
既に濡れている、矢車の先端。
そこに指を這わせた松葉瀬は、ゆっくりと先端を刺激した。
『ん、っ。……センパイも、早く……脱いで、っ?』
『主導権はこっちだ。指図すんな、ドヘンタイ』
『あ、っ!』
ぐりっ、と、先端を圧迫する。
華奢な矢車の体が、小さく跳ねた。
『だめ、センパイ……ボク、センパイ相手だと感じやすくなっちゃうみたいで……んっ! すぐ、出ちゃいそうです……っ』
『男を煽るのが上手だな。矮小ビッチなメスオメガ、だったか? もう十分そうなんじゃねェの』
『やっ、あっ! 利己的なセンパイに、罵られるなんて……んっ、感じちゃいます……あ、っ!』
松葉瀬の手が、徐々に滑り気を帯びていく。
矢車の逸物から、快感による先走りの液が漏れているからだ。
『あ、ん、っ! だめ、あっ、イ――ん、ふあ……っ!』
矢車の体が、小刻みに震えた。
それと同時に、松葉瀬の手が白い飛沫で汚れていく。
――相手は、満更でもない。
――だったら、抱いてしまっても胸は痛まないだろう。
絶頂によって脱力している矢車の体を、松葉瀬がぐるりと反転させる。
『自分だけ楽しんでんじゃねェよ、後輩。年上には敬意を払うモンだろォが』
自身の前も寛げ、松葉瀬は矢車との距離を詰めた。
それがどういうことか、分からないほど……矢車は、純情ではない。
唇で弧を描き、これから自分を犯す相手を熱く見つめ……矢車は蚊の鳴くような声で『すみません』とだけ、囁いた。
ともだちにシェアしよう!