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鞄を持って歩き始めた松葉瀬の後ろを、矢車は追いかけた。
「センパイと外食、したかったのになぁ……」
――今日の矢車は、やけに絡んでくる。
松葉瀬は歩く速度は緩めず、後ろにいる矢車へ声をかけた。
「……お前、俺のこと嫌いとか言うクセして、やたらと絡んでくるよな」
歩く速度を速めた矢車が、松葉瀬の隣に並ぶ。
そして、不機嫌そうに眉を寄せている松葉瀬を見上げた。
「センパイのことは社内一大嫌いですけど、関わりたくないとは言ってないじゃないですかぁ?」
「分かんねェわ。そのさじ加減」
嫌いだからこそ、関わらないと気が済まないのか。
矢車の考えを深く推察する気も起きず、松葉瀬はズンズンと歩く。
「脳みそがミクロ単位のセンパイには、難しかったですかねぇ?」
「理解しようと思うほど興味がそそられなかった。以上」
「じゃあ、ちょっとだけデレ期に突入しましょうかぁ?」
「やめろ。寒気で殺す気か」
会社の外に出た松葉瀬を、矢車は必死に追いかける。
駆け足気味の矢車は、有言実行をしようと思ったのだろう。
「――だって、センパイだけなんですもん。……オメガのボクを、オメガじゃない理由で軽んじてくるの」
切なそうな。
それでいて……どこか、照れているような声で。
矢車は松葉瀬の背中に、言葉を投げた。
「……絶望中毒のヘンタイが考えることは分かんねェわ、マジで」
「別に、理解されなくてもいいですよぉ? 冗談ですし」
「あっそ」
直帰する為、松葉瀬はいつもの道を歩く。
――つもりだった。
「――強いて言うなら、ラーメン」
普段は、右に曲がる道。
そこをあえて……直進した。
何とか隣に並んでいた矢車が、目を丸くして松葉瀬を見上げる。
「えっ? もしかして、いじらしい後輩の姿に胸キュンしてご飯奢ってくれる感じですかぁ? やだ、センパイチョロすぎ大爆笑ですぅ!」
「なワケねェだろ、夢見んな」
「ちぇっ、ケチなセンパイですねぇ……」
矢車は唇を尖らせながら、普段のペースで歩いた。
だが、松葉瀬との距離に差がうまれない。
「食ったらすぐ帰る。ついてくるかどうかは好きにしろ」
「素直に『可愛い後輩と外食したいからラーメン奢ってやるんだぜ』って言えばいいですのにぃ」
「だから、夢見んなっつっただろ。ラーメンの出汁にでもなりてェのか貧弱ボディヤロー」
「やだ、ナニ思い出して言ってるんですか! エッチなんですからぁ」
並んで歩きながら、互いに悪態を吐く。
そんなやり取りを、松葉瀬は『楽しい』とは思わない。
だが、その代わり。
(こんだけ騒げるんなら、元気なんだろォな。……っとに、ウザってェ)
矢車が落ち込んでいたのではないか。
そう、一瞬でも考えてしまった自分を……強く、批判した。
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