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 首を、隠すのかどうか。  矢車はつまんだメンマを、箸に強弱をつけてムニムニと潰し、弄ぶ。 「ん~……考えたこともないですねぇ。たぶん、このままだと思いますよぉ? ……って言うか、そんなのセンパイに――」  ――あくまでも、他人事。  ――矢車の、そんな態度が。 「――隠せ」  ――松葉瀬は、気に食わなかった。  ラーメンのつゆに、メンマがポチャリと落ちる。  予想外の言葉に、矢車は目を丸くした。  松葉瀬は一瞬だけ、矢車に視線を向ける。  が、すぐに逸らした。 「……センパイ、その……今のって?」 「耳にメンマでも詰まってんのかテメェは」 「いや、何て言ったのかは聞こえましたけど……それって、何だか独占欲みたいじゃないですか……」 「あァ?」  何故か必要以上に動揺している矢車の反応に、松葉瀬は苛立ちを募らせる。 「お前、ラーメン食いながら寝てたのかよ。笑えねェ冗談言うな、ボケが」  不快感を露わにしながら、松葉瀬は矢車を睨んだ。 「テメェは俺のサンドバッグだろォが。なのに、テメェがド淫乱メスビッチのままでいてみろ。趣味のわりィアルファがテメェを気に入って、番にするかもしれねェだろ。……そうしたら、俺は誰で憂さ晴らししたらいいんだよ」  コップの中に入っていた水を、松葉瀬は一気に呷る。  矢車は、なにを言われたのか理解が追い付いていないのか……黙ったままだ。  松葉瀬も黙ると、二人の耳には他の客が発する声しか聞こえない。  そうしてお互いに黙っていること、数秒。  先に口を開いたのは、矢車だった。 「……じゃあ、今のボクはセンパイのモノってことですか。……ふふっ」  まさかの、笑顔。  さすがにそれは予想外だったのか、松葉瀬は眉間の皺を深くする。 「なに笑ってんだよ、気持ちわりィ」 「く、ふふっ。……すみませぇん」  笑顔の矢車は、沈んでしまったメンマを、もう一度つまむ。 「オメガだからとか、番だからとかじゃなくて……ボクがフリーで、ボクがボクだからこそ、センパイのモノでいられるんだなぁって思ったら……人権侵害だし、最悪でサイテーな気分です」 「テメェは、本当に――」 「だけど、悪くないなぁって……」  メンマが、矢車の口に放り込まれる。  その口を見ていると、松葉瀬は言い様の無い苛立ちを覚えた。 「……サッサと食って帰るぞ、ヘンタイ」  そう言い、松葉瀬は立ち上がる。  テーブルに置かれていた伝票を、握って。 「あはっ! センパイ、ごちそうさまでぇす!」 「その代わり、後でボコる」 「えぇ~? 残業の邪魔したからですかぁ?」  会計を済ませようとしている松葉瀬の背中を見て、矢車は慌てて帰宅の準備をする。  矢車が隣に並んだときにはもう、松葉瀬は二人分の会計を終えていた。  わざとらしく悲しそうな表情を浮かべた矢車を見ず、松葉瀬は歩き出す。 「昼休みから溜まってんだよ。責任もって痛めつけられろや」  結局、矢車の思う壺な気もした松葉瀬だったが……どうでもよくなってしまった。  矢車のペースを無視して歩き出す松葉瀬に対して、矢車は一言だけ……「サイテー」と囁く。  恍惚とした笑みを、浮かべながら。

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