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ひとしきりの性交を終えた後。
ソファに横たわる矢車が、満面の笑みを浮かべている。
「もういっそ諦めて……ボクを番にしたらいいじゃないですかぁ? そうしたら一生、憂さ晴らしの玩具には困りませんよぉ?」
松葉瀬はスマホを眺めながら、矢車の言葉に耳を傾けていた。
「それに……ボクを番にしたら、誰かに盗られる可能性も考えなくていいですし」
「意味分かんねェ。……俺は寝る」
「あ、ボクもボクもぉ」
寝室に向かって歩き出した松葉瀬の後ろを、裸の矢車が追いかける。
そして、松葉瀬を追い抜いた。
「ほら、オメガの新品処女うなじですよぉ? ちゅーってしてぇ、がぶがぶしてぇ……自分だけのオメガにしたくなりませんかぁ?」
髪をかき上げ、松葉瀬によく見えるよう、うなじを晒す。
そんな矢車に……松葉瀬は。
「……え、っ」
グッと、距離を詰めた。
まさか距離を詰められるとは思っていなかった矢車は、背後に寄った松葉瀬の気配に驚く。
しかし、当然……松葉瀬は矢車を咬まない。
ピンッ、と、指先でうなじを弾いた。
「俺は、アルファである前に一人の人間だ。……テメェもそうだろ」
寝室に着いた松葉瀬は、広いベッドにサッサと寝転がる。
「オメガの特質で遊んでたら、いつか痛い目見るぞ、ドヘンタイ」
「……センパイに優しくされると、超絶萎えます」
許可も取らず、矢車は松葉瀬の隣に寝転ぶ。
「誰も優しくなんてしてねェだろ。加害妄想すんな」
もしも、矢車の言う通り……後天性のアルファが現れたとして。
その相手が、オメガである矢車を狙ったら。
――松葉瀬にとっては、面白くない。
(けど、それは【第二の性】っつゥ枠でしか人を見てねェからだ)
松葉瀬はいつだって、そういう輩が気に食わなかった。
つまり、いくら別のアルファが矢車を気に入っても……それが面白くないのは、独占欲からではない。
「センパイ、おやすみなさい。……ボクの夢、見てくださいねぇ?」
「さり気なく悪夢の確約しようとするんじゃねェよ、ふざけんな。……あと、誰がくっついていいっつった、ドアホ」
「ぐーぐー」
「オイ」
矢車がピッタリと、松葉瀬の背中に抱きつく。
松葉瀬にとっては当然、不快以外の何ものでもなかった。
――けれど、無理矢理引き剥がす気にはならない。
(めんどくせェし……こんなのに構ってる時間が勿体ねェ)
つまりは、睡魔が理由。
そう自分に言い聞かせて、松葉瀬は目を閉じた。
後ろにある温もりが愛おしいなんて感情は、一切無い。
そしてそれはきっと、矢車も同じ。
(リスキーなことばっかり好みやがって。……絶望中毒はこれだから、手に負えねェ)
回された矢車の手には、決して触れない。
体はどんなに近くても、心まで近づけようとはせず。
矢車の寝息を聞きながら、松葉瀬もゆっくりと意識を手放した。
3章【大乗的にはなれない、威圧的なアルファ】 了
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