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4章【普遍的ゆえに模範的な、上司による裂傷】 1
それは、突然だった。
「――いきなりで、驚かせるのは百も承知だ。……けれど、どうか告白させてほしい。……先日の健康診断で、判明したのだが……どうやら私は【後天性のオメガ】らしい」
松葉瀬や矢車の上司……茨田 が、そう告げたのは。
(――オメガ?)
朝礼前。
茨田の告白に驚いたのは、ベータだけではなかった。
大きく表情を崩さず、あまつさえ態度にも出していない松葉瀬だけれど……内心は、穏やかではない。
茨田の首には、昨日まで巻かれていなかった布が……巻かれている。
――それは、うなじを守る為だ。
(何で、動揺してンだよ……俺、ッ)
オメガなんて、そうそう現れるものではない。
何と言っても、オメガはアルファよりも希少なのだ。
だからこそ……矢車と共に『もしもアルファが増えたら』という会話はしても。
――『オメガが増えたら』だなんて会話は、しなかったのだ。
オメガが増えるという可能性を全く考えていなかった松葉瀬は、思わず茨田のデスクに目を向ける。
――すると、茨田と目が合ってしまった。
「……ッ」
瞬時に、松葉瀬は瞳を伏せる。
(ビビってる、のか……ッ?)
落ち着かない。
胸が、ザワついて仕方がなかった。
松葉瀬は自分でも驚くほど、動揺しているのだ。
周りのベータ――職員は、隣にいる者同士でコソコソと話している。確実に、茨田のことだ。
そんな気まずい空気を打ち破ったのは……やはり、この男だった。
「ヤッター! 仲間ですね、茨田課長っ! オメガ歴はボクの方が長いので、敬ってくださっても構いませんからねぇ?」
――矢車だ。
矢車だけが、普段と変わらず能天気に振る舞っている。
その様子を見て、周りも調子を取り戻したらしい。
コソコソと話し合うことはやめて、各々の仕事を始めている。
松葉瀬もパソコンの画面に向き合い、仕事を始めることにした。
(データ入力を終わらせたら、取引先にメールを送る……のが、来週までか。なら、今日やっちまえばクソ社員共から仕事を頼まれても、手が回るか……)
カタカタと、キーボードを叩く。
(大丈夫だ。ミスタッチはしてねェ。落ち着いてる、落ち着いてるな……)
もう一度、茨田のデスクに目を向けた。
茨田のそばには、矢車が立っている。
矢車はニコニコと人懐っこい笑み――松葉瀬からすると気色悪い以外の何ものでもない笑みを浮かべて、茨田となにかを話しているようだ。
(どことなく、嬉しそうに見えなくもねェが……アイツの場合、嬉しくなくても『絶望的です』とか言って笑うからな。……ちっとも参考にならねェ)
普段通りの矢車を見て、松葉瀬は何とか平静を取り戻す。
言い様の無い不安に、気付かないフリをしながら。
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