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――このまま、歯を突き立てて。
――矢車のうなじを、力任せに咬んでしまえば。
――松葉瀬はアルファとしての脅威を、捨てることができる。
(もういい、もう面倒だ……ッ!)
矢車のうなじに、歯を這わせた。
すると矢車が小さく震え、声を押し殺す。
「ん……っ」
後孔の締めつけが増し、松葉瀬は眉間に皺を寄せる。
(コイツ、こんな時でも……ッ)
うなじとの距離は、ゼロ。
残すはもう、咬むだけ。
なのに松葉瀬は……余計なことに、気付いてしまった。
(――俺が咬んだら、コイツは一生……俺の、番……ッ?)
オメガを咬んでしまえば、松葉瀬はアルファという呪縛から多少なりとも解き放たれる。
――しかし、矢車は?
(コイツは一生……アルファのオメガとして、生きていかなくちゃいけねェのか……ッ?)
うなじを咬み、番になってしまったら。
確かに松葉瀬は……誰かを番にしてしまうという脅威から、逃げられるかもしれない。
しかし矢車は……一生、オメガとしての汚名を背負い続ける。
――オメガである象徴を、体に刻まれ続けてしまうのだ。
――【オメガ】という枠から、一生……逃げられない。
「――クソがァッ!」
叫んだ松葉瀬は、矢車のうなじを手で隠す。
そのまま強く握り、何度も何度も、腰を打ちつけた。
「あっ、ぁあっ! だめっ、また、イっちゃ――はっ、ぁあ、んっ!」
「ク、ソ……ッ!」
もう一度、矢車の体内に精を注ぐ。
松葉瀬の下で、矢車も絶頂を迎えている。
そこに……多幸感なんてものは、ない。
そして、達成感もなかった。
「はぁ、ふ……っ、セン――」
「黙れって言っただろォが……喋んな、クソヤロー……ッ!」
肩で息をする矢車が、松葉瀬に声をかけようとする。
しかし松葉瀬は、それを拒絶した。
「喋んなよ、クソビッチ……ッ! なにも、言うな……ッ、笑いもするな……ッ!」
いっそ……いつものように『自分勝手だ』と罵られたなら、良かったのかもしれない。
けれどどうしても、今の松葉瀬はその言葉を聴きたくなかった。
(アルファが強いだなんて、優秀な種族なんて……嘘に、決まってんだろォが……ッ!)
矢車のうなじを握ったまま、松葉瀬は呼吸を整える。
珍しく、矢車は松葉瀬の言うことを素直に聞いていた。
なにも言わず、呻きもせず……ただ、松葉瀬の言葉を待っている。
けれど、今の松葉瀬には……矢車に対する気遣いが、全く無かった。
(ふざけんな、ふざけんなよ……ッ!)
アルファが強いなんて。
賢いだなんて、迷信に違いない。
(だから……ッ)
――期待。
――尊敬。
――恐怖。
(そんな目で、俺を……見るんじゃねェ……ッ!)
――自分はなんて、弱い生き物なのか。
誰にも言えない孤独を、心の中で叫んで。
松葉瀬は激しい自己嫌悪に、苛まれた。
4章【普遍的ゆえに模範的な、上司による裂傷】 了
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