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 ジュゥ、と、肉の焼ける音が響く。 「――さて、センパイ? ボクになにか、言いたいことがあるんじゃないですかぁ?」  小さな個室で、二人きり。  正面に座った矢車は、松葉瀬を眺めてそう訊ねた。  口角を、楽し気に上げながら。 「あ? 先輩様に肉焼かせながら、なにほざいてんだ? この駄目後輩」 「センパイ様から『ごめんなさい』とか聞いたら、滑稽すぎてSNSにアップしちゃいそうなんで、その程度の雑務で手打ちにしてあげてるんですけどねぇ? ひとまず『矢車菊臣様、本当にありがとうございます。お靴をお舐めしてもよろしいでしょうか?』って言ってもいいんですよぉ?」 「誰が言うか、ボケ」  松葉瀬は、手際よく肉を焼く。  焼けた肉はすぐさま矢車の皿に乗せ、空いたスペースに新しい肉を並べた。  矢車は焼けたばかりの肉を口に運び、しっかりと咀嚼してから、嚥下する。 「……別に、ボクはセンパイからオメガ扱いされたって気にしないですよ」 「…………」 「それと同じように、センパイが『アルファ』って言われてガンギレしてても、気にしないんですよねぇ」  そう言って、矢車は水を一口だけ口に含んだ。  松葉瀬は焼けた肉を、もう一度矢車の皿に乗せる。 「随分と、優秀なサンドバッグだな」 「傲慢クズ人間に人扱いすらされないなんて……燃えちゃいますねぇ?」 「一緒に焼いてやろうか」  トングで矢車の手を挟もうとすると、するりとかわされた。  思っていたよりも、矢車は落ち込んでいなかったらしい。  それを知られただけで、松葉瀬の心は本人でも引くほど……軽くなっていた。  暫く食事を進めていると、不意に、矢車が思い出したかのように呟く。 「あ、そう言えば……ボク、茨田課長からお薬貰ったんですよねぇ」 「何の」 「ヒート抑制剤です」  オメガには、アルファやベータと違い……動物のように強烈な、発情期がある。それは【ヒート】と呼ばれた。  当然、松葉瀬はそのくらいの知識を持ち合わせている。 「そろそろストックがなくなりそうだったので、助かりましたぁ」  ただの発情期だと言ってしまえば、とても簡単なことのように聞こえるだろう。  しかしオメガは、その【ヒート】を抑制しないといけない理由があった。  それは……ヒート中のオメガが放つ、無差別のフェロモンだ。  ヒート中のオメガが放つフェロモンは……嫌悪や好意関係無く、他の人間をその気にさせてしまう効果があった。 「お前、抑制剤とか飲むんだな。てっきり、ヒート中は男を誘いまくってると思ってた」 「心にもないこと言っちゃってぇ? そんなことしたら、センパイ、寂しいくせにぃ?」 「その舌、よっぽど要らねェんだな。焼いてやるから、今すぐ噛み千切れ」  オメガは決して、好き好んでヒートを迎えるわけではない。周期的且つ定期的に、発情期が訪れてしまうのだ。  だからこそ、自分の身を守るために抑制剤を飲む。……というところまで、松葉瀬はしっかりと理解していた。 「まぁ、冗談は置いといて。……そりゃ、ボクだって抑制剤は飲んでますよぉ? オメガがヒートしたときのフェロモン、受けたことありますかぁ? これは実体験ですが……ベータだった友達も、ボクのことエッチな目で見てきたんですよぉ?」 「酔狂なダチだな」 「理解ある友達を酔狂にしちゃうくらいのフェロモン……そんな状態のボクと一緒にいたら、センパイ……ボクのうなじ、咬んじゃってますからねぇ? だから、抑制剤は必須です」  ピタリと、松葉瀬の手が止まる。  次々と焼かれる肉を消費するので忙しい矢車は、松葉瀬の小さな動揺に、気付かなかった。

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