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 矢車が、ヒート抑制剤を飲む、理由。 (――俺の、ため?)  ここ一年間。松葉瀬と矢車はかなりの時間を共有していた。  その間……確かに、ただの一度も。矢車はヒートしていなかった。  それは、きちんと抑制剤を服用していたから。  ――アルファである松葉瀬の理性を、崩壊させないために。  そこまで考えた松葉瀬は、自分の考えを即刻振り払った。 「ヒートが理由で番になったら、テメェにとっては面白くねェ結末だろうからな」 「さっすがセンパイ! ボクのこと分かってますねぇ? 気持ち悪いですっ!」 「ヤッパリお前も焼いてやるから、サッサと手を出せ」  矢車は、自己犠牲による絶望感で興奮する変態だ。  その事実を思い出した松葉瀬は、淡々と肉を焼き続けた。 (そうだ、コイツはそういう奴だったな……)  最近……実は優しい奴だったんじゃないか、と。  そう気付いて、松葉瀬は妙に落ち着かない日々を過ごしていた。 (なにを意識してたんだろうな、俺は。……相手はこのド腐れクソビッチだってのに)  焼けた肉を、何度も矢車の皿に盛りつける。  消費する速度が追い付かない矢車は、慌てた様子で松葉瀬に声をかけた。 「センパイ、ちょっと、ストップです! 自分の分、取ってないじゃないですかぁ!」 「あぁ、そうだな」 「……センパイ、どうしちゃったんですかぁ? 今日のセンパイからは脈しか見受けられなくて、正直キモイです」 「テメェの目玉は飾りか。その発想の方が気色悪いっつの」  そんな雑談を交わしつつも、松葉瀬は肉を焼く手を止めない。 「お前、なにか酒飲むか?」 「え、お酒飲ませてナニする気ですか……? 余裕で引きました、責任取って美味しそうなお酒選んでください」 「素直に酒の種類がよく分からねェって言えよ、ブス」  店員を呼び、松葉瀬はスラスラとオーダーをする。当然、肉も追加で。 「人の奢りで食べるお肉に、お酒……ふふっ、贅沢ですねぇ?」 「誰が奢るっつったっけか」 「えぇ? 人類史上最も下等でド底辺ザコペテン師なセンパイのくせして、後輩相手にご飯も奢ってくれないんですかぁ? 控えめに言って、センパイのいいところってないですよね、カワイソウですぅ、くすんっ」 「うるせェ、イカれビッチ。他の奴にでも同じように媚びてろ」  追加で届いた肉を、淡々と焼き始める。  そして焼けたら、すぐに矢車の皿へ。 「……あの、センパイ? これは新手の嫌がらせですかぁ?」 「どこがだよ。マジで目玉腐ってんじゃねェのか」 「だってセンパイ、本気で自分の分……全然、取ってないじゃないですか」  オズオズと、矢車は松葉瀬を見つめる。  その視線に気付かず、松葉瀬は更に肉を焼く。 「お前が肉食いてェって言ったんだろ。気色悪い遠慮なんてしてねェで、死ぬほど食え。んで、ちっとは太れ。細すぎんだよ、ボケ。いつか抱いてるときに折るぞ」 「……ふぅん」  用意された肉を、矢車はチビチビと食べ進める。 「……あ? お前、顔赤くねェか? 暑いなら上着脱げ。見てて不快だ」 「はぁい」  普段ならスケベだなんだと喚くくせに、矢車は大人しく言うことを聞いた。  その様子が、何だか慣れない。  現実から目を背けるように、松葉瀬はまたもやせっせと肉を焼き進めた。

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