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決して深入りはしない、キス。
それでも矢車は時々、やたらとキスをせがむときがあった。
(コイツ、キス……好きだよな)
それは素面のときでもだ。
(いつもは、そんなにしてやらねェけど……)
対する松葉瀬は、そこまでキスが好きというわけではなかった。
だが……たまには、相手の嗜好に付き合ってみるのも、悪くはないかもしれない。
そう思った松葉瀬は、矢車の後頭部を掴んだ。
「――んっ、ふ、っ?」
酔っていた矢車が、驚いたように身を引く。
しかし、松葉瀬の手がそれを許さない。
「あ……ふぁ、あ……っ!」
開かれた口腔に、舌をねじ込む。
あまり絡めたことのない、矢車の舌。そこに、松葉瀬は自分の舌を絡めた。
驚いた矢車は、逃げようと舌を引っ込める。
けれど松葉瀬は、矢車を逃がさない。
「んっ、ふ……んん、む……っ!」
何度も舌をつつくと、ようやく観念したのか……それとも、その気になったのか。
矢車自ら、舌を絡めてきた。
(こういう時は、従順だよな……この、駄犬)
上顎を舐めると、矢車の体が小さく跳ねる。
松葉瀬が舌を引こうとすると、追うように矢車の舌が伸びてきた。
そのやり取りが何だか可笑しくて、松葉瀬は矢車の気が済むまでキスに付き合う。
「んぅ、ん……は、ぁ……っ」
体力が尽きたのか、それとも純粋に満足したのか。
矢車の体から力が抜ける。
それを頃合いだと判断し、松葉瀬は矢車から顔を離した。
「……ハッ。なんつゥ顔してんだよ、だらしねェ」
「はっ、あ……っ」
口の端から零れた、唾液。
それを指で拭ってあげながら、松葉瀬は口角を上げる。
矢車の瞳は、蕩けたように甘く……熱く、潤んでいた。
だらしなく開かれた唇は、小さく震えている。
「だ、ってぇ……こんなに、気持ちいいキス……ボク、初めて……っ」
力の抜けた矢車が、目の前にしゃがみ込む松葉瀬へ向かって倒れ込む。
「オイ、まさか寝るんじゃ――」
「センパイ……っ」
震える両手が、松葉瀬のスーツを握る。
「もっと、してぇ……っ?」
思い出すのは、怒りに身を任せた……乱暴な、性交。
腹癒せと、八つ当たりの為に……松葉瀬はいつも、手酷い行為しかしていなかった。
「お願い、センパイ……っ。もっと、いっぱいシてください……っ」
だからこそ、矢車からこういう風に甘えられたり。
ましてや、甘ったるい声で強請られることに……松葉瀬は、慣れていない。
(けど、まぁ……)
脱力した矢車を抱き抱え、松葉瀬は寝室に向かって歩く。
(そこまで、気色悪くはねェ……か)
そんなことを、内心で呟きながら。
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