45 / 76

5 : 10

 その後も、松葉瀬と矢車は体を重ねた。  何度果てたか数えるのをやめた頃……ようやく、二人は就寝の体勢に入ったのだ。 「……今日のお前、ウマそうな匂いがする」  後ろから抱き着いてきた矢車に、松葉瀬はポツリと呟く。  まだ眠っていなかった矢車は、自分の腕に鼻を寄せた。 「えぇ~? 焼き肉の臭いですかぁ?」 「そうかもな」 「ロマンがないですぅ。センパイってぇ、空気読めないですよねぇ? 童貞くさぁい」 「ほざけ」  あまりにも普段通りに話すものだから、松葉瀬は今の矢車が酔っているのかが分からない。  かと言って……酔っているから、酔っていないから。その違いで、対応を変えたりする松葉瀬ではないが。  松葉瀬は視線を落として、自分の体に回された矢車の手を見た。  そして、片手だけを掴み……顔へ寄せる。 「……センパイ?」  いつも『離れろ』と言われるだけの矢車は、当然、松葉瀬の行動を怪訝に思う。  松葉瀬は矢車の手を握り、指を一本一本撫でる。 「な、なんか……へ、変な感じします……っ」 「盛ってんじゃねェぞ」 「そういう意味じゃ、なくて……っ」  折ろうと思えば、簡単に折れそうな……矢車の、指。  松葉瀬はそのうちの一本に、軽く、歯を立てた。 「え、っ」 「……まぁ、指だな」 「え、えっと……指、ですよぉ?」  さすがの矢車も、動揺している。  松葉瀬が感じ取った匂いは、焼き肉ではない。  矢車自身が放つ……甘くて、どこか『離れ難い』と思わせる匂い。  けれどそれを、矢車本人に伝える気は無い。  松葉瀬は別の指にも歯を立て、その感触を楽しむ。 「……センパイ」 「何だよ」 「……番、なりますかぁ?」  指を噛んでいるのだから、いっそ、うなじも。  矢車なりの報復かなにかだろうと、松葉瀬は考えた。 「……ならねェよ」  そう答え、矢車の指から手を放す。 (ヒート抑制剤……ちゃんと飲んでて、良かったわ)  矢車に対する松葉瀬の答えには、間があった。  もしも、今の矢車がヒート状態であったのなら。  松葉瀬は大いに困るのだ。 (今のは、ちょっと……危なかったかもしれねェ)  今で精一杯だったのに、もしも、ヒートを迎えていたら……?  これ以上理性が溶かされてしまったら、松葉瀬は矢車を、どうしてしまっただろう。 (……マジで、生産性のねェ議題)  目を閉じて、松葉瀬は思考を闇に葬り去る。  松葉瀬は矢車を番にする気が、一切無い。それは出会った時から、ずっと。  それでも、一瞬だけだとしても悩んでしまったのは……アルファの本能なのか。  それとも、別のものだったとしたら……?  目を閉じ、意識を夢の中に飛ばした松葉瀬には、分からなかった。 5章【突発的に輝かれても、静観的に】 了 

ともだちにシェアしよう!