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その後も、松葉瀬と矢車は体を重ねた。
何度果てたか数えるのをやめた頃……ようやく、二人は就寝の体勢に入ったのだ。
「……今日のお前、ウマそうな匂いがする」
後ろから抱き着いてきた矢車に、松葉瀬はポツリと呟く。
まだ眠っていなかった矢車は、自分の腕に鼻を寄せた。
「えぇ~? 焼き肉の臭いですかぁ?」
「そうかもな」
「ロマンがないですぅ。センパイってぇ、空気読めないですよねぇ? 童貞くさぁい」
「ほざけ」
あまりにも普段通りに話すものだから、松葉瀬は今の矢車が酔っているのかが分からない。
かと言って……酔っているから、酔っていないから。その違いで、対応を変えたりする松葉瀬ではないが。
松葉瀬は視線を落として、自分の体に回された矢車の手を見た。
そして、片手だけを掴み……顔へ寄せる。
「……センパイ?」
いつも『離れろ』と言われるだけの矢車は、当然、松葉瀬の行動を怪訝に思う。
松葉瀬は矢車の手を握り、指を一本一本撫でる。
「な、なんか……へ、変な感じします……っ」
「盛ってんじゃねェぞ」
「そういう意味じゃ、なくて……っ」
折ろうと思えば、簡単に折れそうな……矢車の、指。
松葉瀬はそのうちの一本に、軽く、歯を立てた。
「え、っ」
「……まぁ、指だな」
「え、えっと……指、ですよぉ?」
さすがの矢車も、動揺している。
松葉瀬が感じ取った匂いは、焼き肉ではない。
矢車自身が放つ……甘くて、どこか『離れ難い』と思わせる匂い。
けれどそれを、矢車本人に伝える気は無い。
松葉瀬は別の指にも歯を立て、その感触を楽しむ。
「……センパイ」
「何だよ」
「……番、なりますかぁ?」
指を噛んでいるのだから、いっそ、うなじも。
矢車なりの報復かなにかだろうと、松葉瀬は考えた。
「……ならねェよ」
そう答え、矢車の指から手を放す。
(ヒート抑制剤……ちゃんと飲んでて、良かったわ)
矢車に対する松葉瀬の答えには、間があった。
もしも、今の矢車がヒート状態であったのなら。
松葉瀬は大いに困るのだ。
(今のは、ちょっと……危なかったかもしれねェ)
今で精一杯だったのに、もしも、ヒートを迎えていたら……?
これ以上理性が溶かされてしまったら、松葉瀬は矢車を、どうしてしまっただろう。
(……マジで、生産性のねェ議題)
目を閉じて、松葉瀬は思考を闇に葬り去る。
松葉瀬は矢車を番にする気が、一切無い。それは出会った時から、ずっと。
それでも、一瞬だけだとしても悩んでしまったのは……アルファの本能なのか。
それとも、別のものだったとしたら……?
目を閉じ、意識を夢の中に飛ばした松葉瀬には、分からなかった。
5章【突発的に輝かれても、静観的に】 了
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