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 相手が矢車だったなら。 『いいんですかぁ? じゃあ、お願いしちゃおっかなぁ? ……それとも、一緒に探しますぅ? ボク、パソコンで表を作るのは苦手ですけど、探し物は得意ですよぉ?』  きっと……こんな返事がきただろう。  どうしようもないことを考えて、松葉瀬は閉じていた目を開く。  そしてその目で、矢車のデスクを見た。 「……ッ」  矢車のデスクには何故か、茨田が立っている。  二人はなにかを小声で話していて、そのまま、事務所から出て行ってしまった。 (今の……アイツに、話したのか……ッ?)  決して、広くはない事務所だ。わざわざ茨田が話さなくても、矢車には聞こえていたかもしれない。  しかし、それでも……告げ口をされていたらと思うと、気が気ではなかった。 (違う……俺は、そんなつもりじゃ……ッ)  確かに松葉瀬は、矢車のことを『クソオメガ』と罵ったことがある。  しかしそれは、本心からじゃない。  しかも、矢車の方から先にアルファだからと弄られない限り、松葉瀬は矢車をオメガ扱いしなかった。  ……ただの一回を、除いて。 (茨田のことで腹を立てて、アイツに八つ当たりした俺が……今更アイツに、縋るだって? ……お門違いも甚だしいだろ、マジで……ッ)  売り言葉に買い言葉であったとしても。  自分は周囲と同じく、矢車のことを軽んじていたのかもしれない。 (そんな俺が、今このタイミングで……なにを言えってんだよ……ッ)  茨田について行く矢車を、引き留めるなんて。  姿が見えなくなることは耐えられないから、どこにも行くなと引き留めることは。  どうしたって……松葉瀬には、できない。 (――何で、他の男についていくんだよ……ッ)  自分の理解者でいろと、無理矢理縛りつけたい。  手の届く範囲にいろと、命じてしまえたら。  言い様の無い絶望感に……松葉瀬は、頭を抱えた。 (……クソ、最悪だ……ッ)  今更になって、松葉瀬は気付いたのだ。  どうしていきなり……矢車が、輝いて見えたのか。  矢車がそばにいないと、どうして不安になってしまうのかも。 (何で、あんなクソ後輩に……俺は……ッ)  ――矢車が、自分以外の男と一緒にいるのは……心底、面白くない。  ――追い掛けて、そばに居ろと引き止めたい。  この気持ちが何なのか……松葉瀬はようやく、名前を付けた。 (俺は、アイツに……依存、してたのか……ッ)  アルファである自分を恐れず、それでいて特別扱いもせずに……近寄ってくれたことが。  どれだけ自分の心が弱くても、それを笑って受け止めてくれたことも。  矢車が私利私欲の為にそうしていたのだとしても、松葉瀬にとっては。  ――全て、心の支えだったのだ。  そう自覚したところで、今更……矢車を追いかけることは、できない。  自覚してしまったからこそ……松葉瀬は、追いかけられないのだ。  ここで、矢車を追いかけてしまったら。  ――きっと……二度と離れてしまわないように、咬みついてしまいそうだったから。

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