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7章【虚無的で悲観的な思想は、客観的に見て滑稽か】 1

 ――センパイは、知っているのだろうか。  ――自分の名前に……【希望】という意味が、含まれていることを。  書庫で、書類を探すこと十数分。 「そもそもですよぉ? 五年前の書類なんて、今更見返してなにになるんですかぁ? 訂正しようもないのにぃ」  段ボール箱が積み重ねられた棚を、矢車は漁る。  目当ての書類がなかなか見つからず、痺れを切らしているのだ。 「来週の監査で必要らしいからね。用意しないと、せっつかれるんだよ」 「監査ですかぁ……だったら、仕方ないですねぇ?」  矢車と一緒に書類を探しているのは、茨田だけ。  飄々とした態度で茨田に接する矢車だが……内心、穏やかではなかった。 (さっきのは……さすがにちょっと、面白くなかったなぁ)  雑務を手伝おうと提案した松葉瀬に対する、茨田の返答だ。 『もしかして、来週の監査で使う書類を探すんですか? 良ければ俺、探してきましょうか?』 『酷いな、松葉瀬。……オメガの私だって、書類を探すくらいはできるんだぞ?』  松葉瀬は、茨田がオメガだから手伝いを申し出たわけではない。  そんなこと……誰だって、分かっている。  なのに茨田は、松葉瀬の厚意を蔑ろにしたのだ。 (相手がベータだったなら……『裏目に出てて面白すぎますぅ』とか、揶揄えたんですけどねぇ?)  松葉瀬が職場で猫をかぶっていることを、矢車だけが知っている。  矢車だけは、松葉瀬のことを笑えるのだ。  しかし……相手と場所が、あまりにも悪かった。 「……ねぇ、茨田課長?」 「ん? どうした、矢車?」  矢車は開けた箱をもう一度、同じ場所に片付ける。 「あまり、松葉瀬センパイのこと……虐めないであげてくださいよぉ?」  最近――厳密に言うと、茨田がオメガであることをカミングアウトしてから。  茨田はことあるごとに、矢車のそばに寄ってきた。  仕事の話や、雑談……果てには、昼食の誘い。  その時によく、茨田は松葉瀬のことを悪く言っていた。  勿論、直接的な表現ではなく……あくまでも、遠回しに。 「松葉瀬センパイは別に、アルファだから仕事ができるってわけじゃないんですよぉ? 課長だって知ってるでしょう? センパイがサビ残の常習犯だって」  さっきとは別の箱を引っ張り出し、矢車は側面に書かれている文字を読む。 「あの人は、天才型じゃなくて努力型なんですよぉ? アルファだからサビ残するなんて、ボクは聞いたことがないですしぃ」  側面に書かれている日付が五年前だと確認した後、矢車は箱を開封した。 「課長だって……『オメガのくせに~』とか言われるの、イヤでしょう? 人にやられてイヤなことは、誰が相手でもしちゃダメですって」  箱の中は、随分と乱雑な収納のされ方だ。  矢車はげんなりとしつつ、書類を一つ一つ、確認する。  そこで、今度は茨田が口を開いた。 「……随分と、松葉瀬に肩入れするんだね」  その声はどこか、冷たい響きのようにも思えたが。  矢車はあえて、気付かないフリをした。

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