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矢車は見せ付けるように、薬を掲げた。
「ねぇ、センパイ? ボクが今、コレを飲んだら……センパイって、どうなっちゃうんでしょうかねぇ?」
「……は?」
「ボクに、興奮しちゃう? ボクのこと、特別扱いしたくなっちゃうのかなぁ? それとも……?」
掲げていた薬を、矢車はジッと見つめる。
――そして。
「――センパイは、ボクのこと……振れなくなっちゃうのかなぁ?」
――パキッ、と、薬を指で押し出し。
――矢車は【ヒート促進剤】を、手のひらに転がした。
「お前……ッ!」
「クズだなんだって罵るおつもりですかぁ? ヤダ、センパイったら……ボクがクズヤローだってことは、ずぅっと前から知ってたでしょう?」
松葉瀬は今まで、人生でただの一度も……オメガのヒートを目の当たりにしたことがない。
――もしも、そんなものに中てられたら。
自分がどうなってしまうのか……松葉瀬には、分からなかった。
「センパイ……世界で一番、大嫌いです」
「待て……ッ!」
「だからセンパイも。……ボクを、嫌いになってください」
手のひらに踊らせた薬を眺めて、矢車は力無く、微笑む。
「それでも……大事な後輩だって思ってくれるなら、ボクを……助けて、ください……っ」
そして、ついに。
――矢車は、薬を……自らの口に、運んだ。
「――勝手に人の意思無視すんなッ! この、クソガキがッ!」
――その動きを。
――松葉瀬は全力で、阻止した。
「く、っ!」
矢車の細い腕を掴み、口元から無理矢理引き剥がす。
間一髪のところで、矢車が握っていた薬は、床へ転がった。
松葉瀬は内心安堵するも、矢車は心中穏やかではない。
「な、に……するんですかっ!」
「それはこっちの台詞だボケッ! テメェ、そんなことして恥ずかしくないのかよッ!」
「じゃあ、黙って振られろって言うんですかっ! センパイのこと、諦めろとでも言いたいんですかっ!」
松葉瀬に掴まれた腕を、矢車は何とかほどこうとする。
「そんなのっ! そん、なの……っ!」
どれだけ抵抗しても、松葉瀬は矢車の手を放さない。
諦めたのか、抵抗は無駄だと気付いたのか……矢車が、力を抜いた。
「――イヤ、です……っ。全然、気持ち良く……ない、っ」
再度。
矢車が、ポロポロと涙を零す。
「センパイじゃないと、やだ……センパイ以外は、絶対……やだぁ……っ」
情けなく泣き始めた矢車の手を、松葉瀬はそれでも放さない。
それどころか。
「……こっち、来い……ッ」
松葉瀬は無理矢理、矢車の手を引く。
油断していた矢車は、引かれるがまま、松葉瀬について行った。
「勝手に決めつけんなよ、クソったれ……ッ!」
「センパイ、なに、何で……っ」
「いいから黙ってついて来い、ドアホッ!」
リビングから移動し、そのまま。
松葉瀬は寝室へ矢車を連れ込むと。
逃げ出せないように、矢車をベッドに押し倒した。
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