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 両腕を押さえ込まれた矢車は、身をよじって抵抗する。 「離して、ケダモノ……っ!」 「どの口が言ってんだクソビッチ!」 「やだ――んぐっ」  片方の手で、矢車の両手首を固定し。  もう片方の手で、松葉瀬は矢車の口を塞いだ。 「いいか、弱虫ザコメンタル……ッ! 一回しか言わねェから黙って聴いてろよ……ッ!」 「ふっ、ぅぐ……っ」  矢車の瞳が、涙によって潤む。  それに気付いていながら、松葉瀬は怒鳴り続けた。 「お前は、自分でも言ってる通りクズだッ! ワケ分かんねェし、お世辞にも性格がいいとは言えねェ! 変人で、ドがつくヘンタイで、クソイカれヤロウだッ!」 「ん、ぐっ」 「けどなァッ! それを知ったうえで、お前をサンドバッグに選んだのは誰だッ! ……俺だろッ!」 「……っ」  矢車の眉が、悲し気に寄せられる。  ――それは……松葉瀬の表情が、苦し気に歪んでいるからだ。 「アルファの苦悩を、オメガのお前が理解できるとは思ってねェ! けどなァ! ……同様に、俺だってオメガの気持ちなんざ分かんねェんだよッ! そんなの、当たり前だろうがッ!」 「うぐ、む……っ」 「なのに、いきなりガチで『番になってほしい』なんて言われて……俺はッ! 周りが思うほど善人じゃねェし、テメェだって、周りが思うほどアホじゃねェだろッ! だからこうして、二人きりになって結論出してやるって言ったんだろォがッ! ちったァこっちの話にも耳を傾けやがれッ! 先走ってんじゃねェぞ、クソ早漏ヤロウッ!」  グルグルと、松葉瀬の頭には言葉が浮かぶ。  それは矢車への文句であったり、苛立ちであったり、怒りだ。それら全てをぶつけたら、一夜明かせるのではないかというほど、膨大に。  けれど、その中には……そういった恨み以外の言葉もあった。 「理解なんざできねェよッ! テメェはオメガで、俺はアルファだッ! どんだけ言葉を並べたって、俺たちは互いを完璧に理解することは一生できねェッ! 俺たちが望もうが、望まないが、それは変わんねェ結末だッ!」 「……っ」 「それでもッ!」  矢車の腕を掴む松葉瀬の手に、力がこもる。  口を押さえた松葉瀬の手は、矢車の涙で濡れていた。  矢車に対する、どうしようもない怒り。それが今の、松葉瀬を構成してしまったのだとしても。 『もしかしてボクたち、運命の番だったり?』  矢車にとっては、何てことない一言。  例え仮に、そうだったとしても。 「――アルファを嫌う、アルファの俺を選んだのは……テメェだろォがッ! ならッ! 今更離れられると思うなッ! ……お前は、俺の運命だろッ!」  運命の番だなんて言葉、松葉瀬は本気にしたことがない。  そんなものが存在するなんてことも、信じているわけではなかった。  しかし、それでも。  ――矢車は自分にとって、それ以外の言葉では言い表せないんじゃないか。  そう思ってしまうくらいには……松葉瀬にとって矢車は、特別だったのかもしれない。

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